99 喫茶と散歩の日々

2015年12月25日 (金)

澤田洋史さんの sawada coffee、米国シカゴにオープン!

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日本のラテアートの先駆者、世界的に活躍する澤田洋史さん。ストリーマーコーヒーを退任して日本を離れ、アメリカ・シカゴにコーヒーショップ「sawada coffee」をオープン!


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澤田さんはアジア人として初めて米国誌『バリスタマガジン』の表紙を飾った実績もあって、米国でも知名度が高い。
sawada coffeeのオープンは地元新聞やコーヒー関係SNSで話題になったため、初日から400人ものお客さまが押し寄せ、澤田さんも「何年かぶりで、休憩なしにコーヒーを淹れ続けました」とのこと。


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店内のテーブルはヴィンテージの卓球台で、ピンボールマシーンも設置。

カフェラテなどの定番エスプレッソドリンクをはじめ、抹茶とエスプレッソを合わせた迷彩柄の「ミリタリーラテ」や、焼酎と水出しコーヒーを合わせた一杯など、日本的要素を取り入れたオリジナルメニューも揃えているという。


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「寿司職人やラーメン店は米国に進出していますが、コーヒー、バリスタで米国に進出・挑戦している者が誰もいなかったので…」という言葉に、勇気をもって未踏の地に飛び込むのを信条としてきた澤田さんのパイオニア精神が響く。

初めて澤田さんにお会いして記事を書いたのは2009年春のこと。

澤田洋史さんのラテアートと北米カフェ文化

その後、澤田さんの華麗なフリーポア・ラテアートを目の前で見て心を動かされ、エスプレッソの道に進んだと語る方々に何人もお目にかかってきた。


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「ずっと日本にいるつもりはない」と澤田さんから聞いたのは何年前のことだったか。
先駆者は常に次の新しいことに挑戦している。

http://sawadacoffee.com/

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2014年5月27日 (火)

東京カフェマニア

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2014年3月10日 (月)

東京大空襲の日。神田まつやにて

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東京大空襲の日。

新刊書の原稿締切が迫るなか、大急ぎで神田須田町1丁目へ。目的地は大好きなお蕎麦屋さん「神田まつや」さんです。

神田須田町1丁目は一帯が焼夷弾で焼け野原と化したなか、奇跡的に焼け残ったエリア。池波正太郎エリア、と呼んでもいいですね。甘味処竹むら、あんこう鍋のいせ源などの貴重な昭和初期建築が残っています。かんだやぶそばは、惜しくも昨年の火災により建物解体…。

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まつやさんでは店奥のガラス張りの蕎麦打ち場を背にした席に案内され、新人さんが真剣に打っているところを、さっと撮らせていただきました。

すべて相席。テーブル幅は狭め、椅子も小さめ。これが実にいい雰囲気なのです。パーソナルスペースを侵犯しあっているのに、みんなうまく空間をシェアしている楽しさ。

そして、いつ見ても気分のいい光景は、いたわさや、にしん棒煮などを肴に、ひとり淡々と熱燗を嗜まれるご年配の方。個人的に理想とする70代。

私が注文したのはサッポロビールの小瓶と天盛り。ビールを飲みながら天ぷらだけ食べて、仕上げにお蕎麦。すぐあとに用事があったので、ビールを小瓶にした理性。

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2013年12月 4日 (水)

海のそばのカフェから、街の新しいコーヒー店へのバトン

海のそばの小さな礼拝堂を思わせる一軒家で、ご主人が珈琲を焙煎し、奥さまがパンを焼いているカフェについて、何年か前に本に書いたことがあります。珈琲もパンも空間も、ご主人が理想の到達地点として考えていらっしゃるヴィジョンもすばらしいお店でした。

その後のメールで、いまは突然介護が必要になった家族を抱え、子育てをしながら日々の仕事を全力でこなしていくことで精一杯です、というお言葉を読みました。めざすべき未来について考えをめぐらせる余裕すらないと。

次々に降りかかる日常の難題。おそらく、華やかなできごとも晴れやかな気持ちも、いまのその人には遠く感じられるでしょう。

昨日、そのカフェの珈琲豆を使ってオープンした真新しいコーヒー店を訪れたら、カウンターの上に大切に置かれた珈琲豆のガラス瓶が、笑顔の輝く若いオーナーバリスタの仕事を静かに見守っていました。

若いオーナーバリスタは何年も前に、海のそばにあるそのカフェに憧れを抱いて自宅での一杯のために珈琲豆を取り寄せるようになり、いつか自分がお店を開いたら必ず使いたいと考えていたのだそうです。そして本当に、その豆にふさわしい小さな美しいコーヒー店を開いたのでした。

私が最初に注文したエスプレッソは、風味もコクも充実した、とてもおいしい一杯でした。

たとえ青年時代に抱いていたような仕事や人生へのロマンティシズムは消えても、自分の仕事をひたすら黙々と、誠実におこなっていくことで、それに触れた人に良い刺激や希望をもたらしたり、心の支えになったりできるのだと教えていただいたように思います。

「ささやかであっても誰かのために何か貢献できるように、目の前の仕事を一つ一つ成し遂げていこうと決意してます」と、今日、海のそばのカフェから届いたメールには書かれていました。

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2013年11月27日 (水)

Philippe Weisbecker (フィリップ・ワイズベッカー)とカフェの記録

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「コーヒー&読書の時間におすすめの一冊」を雑誌のインタビューで求められて、フランス人アーティスト、フィリップ・ワイズベッカーのドローイング集を挙げたことがあります。

その理由は、古ぼけた建物群を描く彼の胸に渦巻いていた想いが、「東京カフェマニア」をスタートした時の自分の衝動と共通するものがあるのではと感じたから。

ワイズベッカーは都市計画によって取り壊されてしまう、おそらくあまりにも日常的でありふれた姿ゆえに、誰もたいして気にとめていないであろう古い工場の数々を記録するために、デッドストックのノートのページに鉛筆でその姿を描いていったのでした。

「バルセロナ郊外にあるポブレ・ヌ(新しい村)と呼ばれる界隈には、たくさんの古く小さな工場があります。
それらの工場が消えてしまう前に、急いで記録しておかなくてはと思いました」
(フィリップ・ワイズベッカー)

おもしろいのはそのパース。やや奇妙な遠近法。おかげで古い工場たちは、実物をある程度正確に写しとられているようでありながら、ワイズベッカーの静かな白日夢の中にだけぽつねんと取り残されている建築物のような趣きがあります。

下北沢のブックカフェ B&B で購入したこの小さな薄いドローイング集のほかにも、ワイズベッカーはノート一冊にひとつのテーマで、たとえば温室、古い日用品などを描いています。

世界からどんどん姿を消していくものたち。消滅をとめることはできないにしても、記憶しておくことはできます。たぶん、記憶も少しずつ変貌し、意味を変えていきはするのですが。

先週末から目黒のクラスカ Gallery & Shop "DO"でワイズベッカーの新作展が始まりました。来週、東京に戻ってからの楽しみがひとつ増えました。風の強い伊豆大島にて。

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2013年11月 6日 (水)

取材時のアクシデント

取材時に遭遇するアクシデントには多彩なヴァリエーションがありますが、インタビューも写真撮影もひとりでおこなう私の場合、最も多いのがカメラ関係の災難。

今日は、いざ撮影、とニコンのデジタル一眼レフをつかんだら、なんだかちょっと軽い。あれ? 電源が入らない。なんと、バッテリーが入っていないではありませんか! 

愕然……から一瞬で態勢をたてなおし、サブ機のオリンパス製ミラーレス一眼に持ち替えて、なんとか撮影完了。これからも必ず2台持参しようと決意を新たにしました。しかし、アクシデントはたいてい、ひとつではおさまらないもの。

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近年はなるべく1日1軒しか取材を入れないようにしているのに、今日に限って2軒をスケジュールしていました。1軒目はWebへの掲載なのでミラーレス一眼の解像度でも大丈夫ですが、2軒目は書籍掲載。紙への印刷はちょっと厳しそう。

急いで次の取材先へと移動しながら家電量販店に電話して、「フル充電してあるバッテリー」が存在するかどうか尋ねてみましたが、そんな夢のような商品が待っているはずもなく。

「15分後に必ず購入しにまいりますので充電しておいてください」と必死にお願いして名前と電話番号を告げ、この無茶に対応してくれた心優しい店員さんのおかげで2軒目の取材を無事に切り抜けることができました。

ひとりで回っているつもりで、これまでなんとさまざまな人に助けられてきたことか。二度と同じ失敗をしないように、予備バッテリーを常にカメラバッグに入れておくことにしました。

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2013年10月27日 (日)

カフェの店内撮影禁止

「店内撮影禁止」と注意書きのあるカフェが少し増えてきたようです。お店としても、できればそんな言葉は書きたくない。でも、一部のお客さまには嫌われてしまうのを承知で、そうせざるをえない理由があるのです。

あるカフェのオーナーから「最近のカフェ好きの人たちは、10年前のカフェ好きの人たちとは人種が違うんです」というお話をうかがいました。

「10年前のカフェ好きの人々は、場の空気を壊さないよう配慮してくれましたが、いまはお店のゆったりと落ち着いた空気感を楽しむことより、数多くのカフェをめぐって写真を撮ることを目的にしている人が増えています。そういう人々は静かな店内をあちこち歩き回って撮影し、お料理やコーヒーをゆっくり味わうこともせず、このあと行くカフェの相談をなさっています」

また他のカフェのオーナーは、「カメラを持った人が店内に入ってきて、何も言わずにいきなり私を撮影し、そのまま出ていきました」と困惑顔。こんなことをされたら不快なだけではなく、少し恐怖さえ感じますよね。

もちろん、大半のお客さまはカフェの空気を大切に守っていらっしゃることと思います。座ったままテーブルの上の料理を撮る程度なら、快く「どうぞ」と言ってくださるカフェも多いはず。もしも写真好きのお友だちがエスカレートしそうになったら、優しくたしなめてあげてください。

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2013年3月10日 (日)

村上春樹の柿ピー問題、または、オトナを感じるとき

村上春樹いわく、「柿の種が漫才でいう『つっこみ』なら、ピーナッツは『ぼけ』にあたる」。

ここで問題となるのは、食べるときに柿の種とピーナッツをどう配分するか。

「柿ピーを食べるときには、僕は自分の内なる欲望をできる限り抑え、柿の種とピーナッツをなるべく公平に扱うように努めている。自分の中に半ば強制的に『柿ピー配分システム』を確立し、そのとくべつな制度の中に、偏屈でささやかな個人的喜びを見いだしているのである」。

つまり村上春樹の配分システムは、柿の種1:ピーナッツ1。

子どものころ、私の理想の配分は柿の種1:ピーナッツ2、だった。それがいつのまにか、柿の種3:ピーナッツ1、になっていたのである。

小学生のときに「ピーナッツが足りません」と思っていたのが、いまや、余って困ってしまう。それに気づいたとき、「オトナになった」としみじみ感じた。オトナはつっこみが多くなるのだ。

それでいま、お皿の上に、ピーナッツだけが山盛りです。

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2012年12月28日 (金)

変態、傾奇者(かぶきもの)、数寄者(すきしゃ)

一部の珈琲人やカフェオーナーの間では、「変態」というのは99%の敬愛と1%の自嘲の入り交じった称賛の言葉です。コーヒーやお店づくりへの飽くなき探究心が、理想にむかって直進するがゆえの逸脱や、細部への過剰なこだわりを生み、それに気づいたお客さまに衝撃とインスピレーションを与え、人生の質に変化さえもたらしてしまう。

そんな偉大な変態珈琲人のひとりにむかって「変態の定義」をおたずねしたら、同業者を例に挙げて、思い出すたびににやにや笑ってしまうような説明をしてくれました。その人の的を射た指摘であらためて認識したのですが、攻めの姿勢で疾走するタイプの変態さんたちは、なぜかメンタルが弱くて不安定。その脆さを含めて、愛さずにはいられません。

それにしても、変態という言葉は人聞きが悪いですね。なんとか言い換えられないものかと代案を考えているのですが、なかなか思い浮かびません。傾奇者(かぶきもの)という表現はストイックで求道的な人には似合わないし、数寄者(すきしゃ)では美意識のみが強調されそう。

それでも、変態たちのなかには「あの人こそ傾奇者」、「あの人は数寄者」と、お顔が浮かぶ方々がいます。なんて楽しい。そんな遊びをさせてくれるほど、彼らが放射するエネルギーは大きいのだと痛感するのです。

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2012年5月27日 (日)

スカイツリーのある街

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手入れされた鉢植え。手前には水槽があって、金魚が泳いでいました。本当の観光名所はこの場所かもしれません。

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