99 喫茶と散歩の日々

2009年12月25日 (金)

白トリュフをのせたエゾ鹿の濃厚ラザニア

作り手の真剣な仕事が感じられるお店には、カフェであれレストランであれ、ジャンルを問わず惹きつけられます。本日のほんわか茶飲み日誌には小さなサイズの写真しか載せられなかったので、牛のように何度もおいしさを反芻するために、大きな写真を。

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VOLO COSI(ヴォーロ・コズィ)西口大輔シェフのスペシャリテ、ヴェネチア風前菜の盛り合わせ。

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白トリュフのスライスが香る、エゾ鹿の罪深くも濃厚なラザニア。
嬉しいことに、お料理に合わせた5杯の気取らないグラスワインが1人\5800円でいただけます。全てのレストランで導入してほしい! すっきりしたソアヴェ・クラシコ→カ・ディ・フラーティが作るルガーナ・ブロレッティーノ(好みでした)→コストパフォーマンスの良いブランカイアのトレ→シャルドネ→バルベーラ・ダスティ。

年に数回のことですが、カフェで本当に真摯な作り手に出会ったとき、はたしてこの人の仕事の素晴らしさに拮抗するだけの筆の力が私にあるだろうかと、青ざめてしまうことがあります。

この食事が仕事でなくてよかった……VOLO COSIのお料理への素朴な感想。

カフェを含む飲食店への感想は誰がどんなことを発言しても許されるという空気があって、それは妥当なことなのかもしれませんが、発言者は自分がどんな食べ手であり、どれほどの理解力を持っているかを暴露することになるのだという点について、もう少し意識的になっていいはずと思うことがあります。

穏やかなクリスマスの夜。明朝から京都なのに、うっかりムーンウォークの練習などしてしまったせいで、終わらせるべき仕事がまだ全然片づいていません。youtubeでHow to Moonwalkと検索すると、さまざまな人のムーンウォーク指南を見ることができます。THIS IS ITを2度目に見にいく前に練習している人もいるのではないでしょうか?!

次にブログを書くのは来年なので、早めのご挨拶となりますが、みなさまどうぞ良い新年をお迎えくださいませ。

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2009年12月23日 (水)

冬至の一日

Lotus_3先ほどAll About上に記事を公開した「南清貴さんのコーヒータイム」は、コーヒーのみならず食とからだ、人生について、ご本人の体験に基づいたパワフルな言葉をご紹介しています。

その南さんに、今日、怪しいエリアのマニアックな通りで「川口さん?!」と声をかけられました。なんと南さんと私は、同じ日に同じ場所に用事があったのでした。

また偶然にも、南さんが生まれ育った町は、現在私が住んでいる町。
「あの商店街で八百屋や魚屋をやってる人とは全部、顔なじみだったんだよ」と聞き、さもありなんと思いました。

* * *

寺院コネクション(?)の深いある人が、私の写真を見て「禅のバイブレーションがある」とおっしゃり、禅寺の特殊な食事を見てくるといい、と勧めてくださいました。
実際に私の世界観のベースはタオや禅の世界観にきわめて近いので、なんだか面白くなってしまい、来年の後半の計画に組み入れることにしました。後半の計画はそれ以外白紙。もともと計画はほとんど立て(られ)ないたちなのです。

会話の最中に、どうしても典座教訓(てんぞきょうくん)という言葉が思い出せなくて苦しみました。自分の本にもこの四文字を書いたくせに、「典…」と言ったきり絶句。このごろは映画のタイトルも思い出せなくなってしまって困るのですが、ともあれ、良い刺激の多い冬至の一日でした。

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2009年12月19日 (土)

絹のコーヒーフィルター(コーノ式用・円錐形)

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代々木上原に作られた南清貴さん(キヨズキッチン)の新しいアトリエにおじゃまして、コーヒー・インタビューをさせていただきました。

南さんが愛用していらしたのが、絹でつくられたフィルター。ネルじゃなくて、絹! 京都で14代続く織元さんが南さんのご友人で、絹製フィルターをつくっているのだそうです。コーノ式のドリッパーにこのフィルターをセットして、間菜舎のコーヒー豆をドリップしていただきました。

来週のAll About[カフェ]で、南さんの示唆に富んだ言葉の数々とともに、コーヒーフィルターについてもご紹介します。

週末は伊豆大島で大掃除のお手伝い、クリスマス後は4日間の京都旅行。そのあと再び伊豆大島でお正月を迎えます。数えてみたら今年東京の自宅で過ごすのは、あと5日しかありません。

なんだか追い立てられるような気持ちになるのは、来春5月に出版する本づくりに本腰をすえなければいけない時期に入ったからなのです。

私の初めての本『東京カフェマニア-A Small, Good Things』が出版されてから10年が経とうとしていますね、と言って新しい本の企画を持ってきてくださった編集者さんに感謝しつつ、カレンダーをにらんで腕組みしています。

毎度のことですが、2、3ヶ月後に原稿締切を控えた精神状態は、落ちるわけにいかない重大な試験を前にした受験生とよく似ているような気がします。

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2009年12月17日 (木)

全粒粉のガレット+林檎のバルサミコ煮

この秋冬にキヨズキッチンのシェフ、南清貴さんのお料理講座に3ヶ月…といっても合計6回ですが、通って習ったレシピのひとつは、卵や牛乳を加えず、全粒粉のおいしさともちもちの食感を楽しむガレット。

ちょうど、うちには毎年恒例のいただきものの林檎が一箱。朝食がわりにしていますが、2人暮らしではなかなか減りません。昨年はタルトタタンをたびたび作ったものですが、今年は覚えたてのガレットと合わせたい! 薄くスライスした林檎をバターとグラニュー糖で軽く煮て、最後にバルサミコを加えて少し煮つめてみたら、ガレットとの相性は最高でした。

いま、午前2時。夕食後のデザートにこのガレットを食べたのに、またしても粉を混ぜあわせたり、林檎を煮たりしたいという強烈な誘惑にかられています。夜中の料理って、どうしてこうも後ろめたくてわくわくするのでしょう。

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2009年11月28日 (土)

BENOIT(ブノワ)…青山

夫と二人でブノワに行ってまいりました。私の中では、ビストロと名乗りつつもレストラン寄りというイメージだったのですが、この11月にメニュー改訂がおこなわれ、さらに気軽なビストロ仕様になった模様。

道すがら立ち寄ったのはNOAKE。屋台の裏で立ち飲みです。上等のマカロンをひとつずつつまみながら、コーヒーとあたたかなジンジャーを一杯ずつ。

無農薬の生姜をすりおろした濃厚ジンジャーシロップはものすごいパワーで、軽い喉の痛みを訴えていた夫はいきなり回復! 糸井重里が「イトイ式しょうがシロップの作り方」を公開していたので、明日つくってみようと思います。

「今からブノワで晩ごはん食べてきます」とNOAKEの田中さんに言ったら、「さっき、ブノワのスタッフがお茶休憩に来てたんですよ」とのこと。ブノワの席について、スタッフに「屋台の田中さんのおすすめで来ました」と申告し、双方でなごみました。

ビストロですから、接客はアットホームな雰囲気。コース料理もワインも比較的お財布に優しいのです。繊細で凝った現代的フレンチではなくて、シンプルな伝統料理の良さを活かした丁寧なおいしさを楽しませてくれました。

いただいたのは前菜2品+メイン+デザートとコーヒーのプリフィクス。ワインはアラン・デュカスのグラスシャンパンと、コート・デュ・ローヌのボトルを1本。

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左:私の前菜1品目はまろやかに甘い栗のスープ。右:夫はサバのマリネ・マスタード風味。
(コンパクトデジタルカメラで撮影。案の定、モードをうまく使いこなせず…)

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左:私の前菜2品目は野菜と豚バラ肉のココット仕立て。ほろりととろけるリンゴが絶品でした。右:夫は“コルベール”鴨のテリーヌ・赤たまねぎのコンポート。こちらもつけあわせはリンゴ。

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どれくらいドレスダウンした雰囲気かというのが、このメインでおわかりいただけるでしょう。私が注文した地鶏のロースト・ポムフリッツは、「ポテトを全部お皿にのせるとすごいことになりますので」と、揚げポテトは山もり別添え。地鶏は胸肉ともも肉をさすがに端正な火入れで。

しかし、内装はフランスから持ち込んだアンティークで念入りに美しく構成されており、写真の塔に見とれておりますと、スタッフが「これはエッフェル塔の建設前に、エッフェルさんが作った5つの模型のうちの1つなんです」

床の木組みはベルサイユ宮殿と同じもの。もうフランスにも作れる職人がいないという細工もあり、店内をつぶさに眺めると小さな発見が無数にあるようです。

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こちらは夫のデザートのババ。彼はラムをしみこませたババが大好きなのです。マルティニーク島のラムの小瓶が2種類運ばれてきて、香りを楽しむならこちら、お酒の力強さを加えたければこちら、お好きなだけどうぞ!…と言われたら、夫は両方かけていました。

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2009年11月26日 (木)

『京都カフェ散歩』メモリアルブレンド

ストレートコーヒーを焙煎するという作業は、ピアニストが作曲家の書いた楽譜を読みとって曲想を解釈し、自分の音で表現するという作業と共通点があるように思います。

たとえば、ここにブラジルの生豆があるとします。それが楽譜。ピアニストが「曲の魅力と個性はどこにあるのか?」を解釈し、その魅力を聴衆に伝えられる演奏に心を砕くように、焙煎者は「豆の魅力と個性はどこにあるのか?」を見きわめ、それを最大限に引きだす焙煎をしなければなりません。

ブレンドコーヒーの場合は、ちょっと違います。それはストレートコーヒーを何種類か組み合わせて、焙煎者がイメージした風味をつくりあげる作業。豆の力をそのまま引きだすストレートコーヒーとは異なり、焙煎者の意図と個性があらわれるのです。

京都カフェ散歩~喫茶都市をめぐる』発売記念に、グラウベルの狩野さんが「京都カフェ散歩メモリアルコーヒー」を焙煎して送ってくれました。これがたいそう面白くて、コーヒー豆をブレンドしてひとつの世界を表現するという作業には、さまざまな可能性があるのだなとあらためて思いました。

事前に「あの本をイメージしてブレンドを考えます」と聞いていたので、もしかしたら本の重要なキーワードのひとつ「伝統と革新」にスポットを当て、昔ながらの喫茶店のコーヒーと、現代的なコーヒーの2種類セットかも…などと心楽しく予想していたのですが、実際に届いたのは予想外の3種類セットでした。

これらは本のイントロダクションに書いた「京都人にとっては町にさまざまな結界が存在する」というくだりをテーマにしたもの。たとえば祇園のあたりでは鴨川が結界になっていて、右岸の人々はもっぱら右岸で遊び、左岸の人々は左岸で遊ぶのです。

町の結界にちなんだ3種類のコーヒーは、鴨川の右岸ブレンド、左岸ブレンド、そして両者をつなぐ架け橋としての『京都カフェ散歩』ブレンド。3種類を飲みくらべて、粋な趣向をおいしく満喫しました。どうもありがとうございます!

ちなみに、町の結界の話を聞かせてくれたのは、河原町三条から祇園に移転したCafe Opalの美しい女性店主と、京都の町を軽やかに自転車で走り抜けるLugolの店主でした。

※私は自宅で淹れるコーヒー豆を全国各地のさまざまな焙煎店からお取り寄せしていて、特定の焙煎店には決めていないのですが、グラウベルは数少ないリピート購入先のひとつ。先々月だったか、私の嗜好にジャストフィットする感動的なストレートコーヒーに当たり、また購入したいと思っているのですが、豆の名前を忘れてしまいました。
最近のスペシャルティーコーヒー系の名前は、産地はもちろん農園の名前まで入ってワイン化しており、それは「クオリティの高い農園の豆を識別できる」という点からまことに好ましいことではあるのですが、私にはもはや覚えられません…。

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2009年11月 5日 (木)

東京上空を飛ぶ火の鳥

Bird_2 平民新聞さんの11月4日のブログに、夕方の東京上空をはばたく“火の鳥”の写真が掲載されています。

地平線には富士山のシルエット。
レンズを西の空に向け、ひたすらシャッターを切る撮影者の胸の鼓動と息づかいを、自分のもののように感じました。

(写真:平民新聞さん)

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2009年10月27日 (火)

大山祇(オオヤマツミ)神社奇譚

数年前、四大元素の「火」をテーマに旅をしていたときのことです。

時空を越えて旅をする古典的SFでは、時間旅行者が過去にさかのぼって昔の自分自身に出会うと世界が崩壊してしまう、というストーリー群があったような気がするのですが、この旅を思いだすたびに、それと似たできごとではなかったかと思えてならないのです。

その小さな事件…というほどのこともない事件は、「火」というキーワードに呼ばれて、瀬戸内海の島々をひとりで旅していた途上で起こりました。小さなレンタカーでしまなみ街道を渡り、大三島に到着したら、とつぜん原因不明の強いめまいと吐き気に見舞われたのです。みるみるうちに全身から力が抜けてしまい、立っているのがひと苦労。見まわせば、島の風景もどことなく奇妙に歪んでいるようでした。

予約していた旅館に到着し、部屋でビールと夕食を堪能(どんなに具合が悪くても、ごはんとお酒は欠かさない私…)したあとは、いつものようにワインに移行する余裕もなく、激しいめまいとともにお布団に倒れ込みました。

その翌朝には、嘘のようにすっきりと体調回復。朝食どきの仲居さんとの会話によって、島の風景が妙なのは島いちばんの名所、大山祇神社が鎮座する山が数日前の山火事で焼けてしまったせいと判明しました。山肌の半分が赤黒く変わっていたのですから、視界に違和感があったはずです。おまけに以前にもこの山は、放火が疑われる山火事があったといいます。

朝食の大広間には、某TV局のスタッフも居合わせていて、旅館の女将さんにむかって、山火事を撮影したはずの映像がどうしたことか何ひとつ映っていないので、もう一度撮り直したい、火事の目撃者として出演してください…と怪談じみたことを話していました。

それでは、昨晩いきなり具合が悪くなったのは、山火事という異常事態の名残りの空気に反応してしまったのだろうか…などと考えつつ、おっかなびっくり参拝した大山祇神社。国宝が多数陳列されている宝物館が目当てでした。

大山祇の神さまは日本総鎮守として、全国の山の神、海の神のお父さんみたいな位置づけにあり、また戦いやお酒の神でもあるらしく、源義経、源頼朝ら多くの武将が武運長久を祈って奉納した美しい鎧などが山もりに展示されていました。

この旅の印象は強烈で、「大山祇」とも「大山積」とも、あるいは「大山津見」などとも記されるオオヤマツミ/オオヤマズミの神の名前は記憶に深く刻み込まれたわけですが、ずいぶんあとになって、ふと自分の産土神を調べてみたら、なんとこのオオヤマツミの神さまでした。なるほど、ご縁があったわけです。

ひとたび鍵に気がつくと、次々につながっていくのがご縁というもの。2年ほど前のことでしょうか、丸善の売り場に「日本の神様カード」なる珍しいオラクルカードが並んでいるのをみつけて、見本の48枚のカードを手にとり、なにげなく「私にご縁の深い神さまは誰でしょう?」と言いながらシャッフルして1枚をひいたら、出てきたのはオオヤマツミの神でした!

なぜ今ごろこんなことを書いたかと申しますと、今日、書店でこの「日本の神様カード」の英語版が出ているのをみかけたのです。外国の人々にとっても興味深いオラクルなんでしょうね、と思いつつ48枚のカードを手にとって、「現在の私にご縁の深い神さまはいるかしら?」と問いかけながらシャッフルしたら…。

私の手がどのカードを引き当てたか、書かなくてもわかりますね!

あまりにおもしろかったのでオオヤマツミの神話について調べてみたのですが、謎だらけの神さまのようですね。確実なのは木花咲耶姫のお父さんだ、というあたりでしょうか。

旅の途中で突然倒れ込むように具合が悪くなったのはこれまでのところ2回だけで、どうも「当たり」の土地に遭遇すると、そんな強い反応が起きるような気がするのです。1度はこの大三島、もう1度はハワイ島でホノカアという小さな町を訪れたときのことでした。

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2009年10月25日 (日)

旧五輪教会/どこまでも静かな場所へ

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久賀島。信者以外の島民は訪れることのない旧五輪教会。

島に1社しかないタクシーの運転手さんによれば、現在、カトリック信者は島民の4分の1くらいじゃないかな、とのこと。残る4分の3の島民たちは、隠れキリシタンの歴史に対する興味は驚くほど薄いのです。無意識に避けている、といったほうが正確でしょうか。

「小学校の社会の時間などに、さぞかし島の歴史について習ったでしょう?」と尋ねたら、全く習わないとのこと。私が悪寒に襲われた隠れキリシタンの牢獄跡などは、子どものころに肝試しをして遊んだ場所だったといいます。

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道路もろくに整備されていないからこそ、この静寂が保たれてきたのでしょう。つつましい古い教会の木造のアーチ。光の薄い夕暮れどき、聞こえてくるのは自分が床板を踏む音だけ。いつしか心のなかもしんと静まりかえって、私はずいぶん長いことこの教会の中にただ、立ちつくしていました。

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自分の本質的な静けさから離れないように。自分の外側に何かを求めないように。もしも私が祈るとすれば、そんなことだったでしょう。どこまでも深い沈黙のなかに、奇跡はいくらでも生起してくるようでした。写真もまた、ひっそりとした光をとらえていました。

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2009年10月19日 (月)

長崎の旅・若宮稲荷神社「竹ん芸」

1週間の九州ひとり旅から戻ってまいりした。

行きは早朝の羽田空港から発ち、清冽な富士山に見送られて長崎空港へ。前半の3日間は五島列島→1日だけ長崎に戻り市内散歩→後半の3日間は熊本・阿蘇をまわりました。晴天に恵まれたおかげで10月にもかかわらず日焼けして、左手首に腕時計のあとがくっきり。

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カフェには必要最小限しか立ち寄らなかったのですが、行き当たりばったりでも良い出会いはあるもので、長崎の古い名画座の上にあるカフェ、dico.appartementのオーナーに、その夜8時から若宮稲荷神社で小さなお祭りがあると教わりました。

「今日は1年に2日間しか開催されない伝統芸能『竹ん芸』の最終日。地元の人も意外に知らないコアなお祭りなんですが、有名な『くんち』よりも面白いと思いますよ。騙されたと思ってぜひ行ってみてください。白狐のお面をかぶって、鶏を飛ばしたりするんです(笑)」

これもご縁と思ってタクシーで行ってみましたが、dico.のオーナーはひとつ大切なことを言い忘れたようです。長崎は坂の町。若宮稲荷神社は細い石段をたっぷりのぼった上にありました!

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息をきらしてたどりつくと、小さな境内はすでに見物の人々でいっぱい。子どもたちはあちこちの白狐の石像の上によじのぼって見物です。

高さ10mの青竹の上で、お囃子に浮かれ騒ぐ白狐たち。クライマックスはやはり、お稲荷さまに奉納する鶏を観客の頭上に放つ場面でした。どよめきと拍手。

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旅の途中で地元のお祭りに触れるのは不思議な楽しさ。ひととき、ほんの少し仲間に入れてもらったようでいて、逆に自分が“通過していく人間”であることが際立ったりもします。お祭りのあとで、家族は連れだって自宅に戻り、私はひとりでホテルに戻ります。それを淋しく感じないのがまた不思議で。

写真は、口々に感想を言い合いながら長い石段を下りて帰路につく人々。鳥居の向こうに長崎の街の灯が見えていました。 

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2009年10月 5日 (月)

パニック障害

東京カフェマニアではカフェの求人情報を掲載していますが、ある都心のカフェの女性オーナーから、採用終了後しばらくたってからこんなメールをいただきました。

この求人情報を通して採用した人がパニック障害なのです。とてもおっとりとしていて感じの良い人だったし、パニック障害は治ると聞いているので、みんなでなんとか助けあっていけたらと考えているのですが、本人と連絡が取れなくなってしまったので再度、求人情報の掲載をお願いします、と。

「パニック障害について詳しくはわからないけれど、自分だって簡単になってしまいそうな病気だと思うし」という女性オーナーの言葉に、相手の痛みを感じとろうとする思いやりの気持ちがにじんでいます。

ではまた求人情報の掲載を、と準備しかけていたら、再びメールが届きました。
「お母さまと連絡が取れて、うちのお店で働くのは楽しいそうですので、“助けあい運動”に入ることにしました」

もちろん、この方がカフェのスタッフとして必要な“感じの良い人”という条件を満たしていたことが基本なのですが、本人もお母さまも、この女性オーナーに受け入れていただけたことをどれほど嬉しく、ありがたく思っていることでしょう。しかも、あんなに素敵なカフェでのお仕事!
おそらく、発作の恐怖で電車に乗れなくなってしまったりすることもあるのだと思いますが、本人も周囲の人々ものんびりかまえてお仕事を続けていってくださったらと、心から願っています。

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2009年10月 3日 (土)

博多~呼子・弾丸美味ツアー:大和でイカづくし

とてつもない食い道楽のお二人にご案内いただいて、北九州の極上おいしいもの疾走の旅を満喫してまいりました。朝、福岡空港まで車でお出迎えいただいて、そのままいきなり佐賀の唐津市へ! いかづくしの昼食。

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お二人が「有名店の○○や○○よりずっと旨くてコストパフォーマンスが良い」と賞賛する「大和」は国道沿い、港を見下ろす崖の上。漁師がその朝釣ってきたばかりのいかを活造りで楽しませてくれます。(悪天候の日には、隣の広いいけす小屋からいかが登場するそう)

まずは、やりいかとみずいかの活造りがテーブルに登場(写真上左)。透き通ったいかの頭部には淡い蛍光色の光が明滅し、足先はしなやかにくねっています。
教わった通りにその足を1本、ハサミで切ってこわごわ口の中に放り込むと、吸盤がきゅっと舌に吸いついて、谷崎潤一郎的な陶酔感が…。うっすらとした恐怖感の中から、甘さと快い弾力がにじみ出てきます。めくるめく味わい。もしも真夜中にひとりでこの吸盤を食べたりしたら、感覚が異次元に飛んでしまいそう。

その新鮮ないかの残りを、甘く柔らかな天麩羅に揚げたり、香ばしく炙ったり(写真下)してもらう間に、いかしゅうまい(写真上右)を楽しみました。

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案内してくれたお二人からは、“まっとうな美味”への飽くなき探求心と、その美味を人にも楽しませたいというサービス精神と、生きるエネルギーの強さが伝わってくるのですが、尽きることのない素晴らしいエネルギーの源はなんですかと尋ねたら「アイラヴミーの精神です!」とほがらかに答えてくれました。 そんな自分が大好きなんですって! ぜひ、見習いたいものです。 

大和
佐賀県唐津市名護屋1445-4
TEL 0955-82-3643

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2009年10月 2日 (金)

3刷御礼/サンシャイン牧場

監修した本『ゼロからつくる、はじめてのカフェ』(宝島社)の第3刷が発行されることになりました。お買い上げいただいたみなさま、どうもありがとうございます。あなたのカフェづくりに、なにかしら良いヒントがありますように。

 * * *

何人かの友人とmixiのアプリケーションで遊び始めたのですが、決してこういうゲームをしそうもない、いい歳をした大人たちが他愛のないゲームをしている状況が面白いのです。PCにむかって仕事をしているときに、ちょうど2~3分間の気分転換として手ごろなのでしょうね。

ばかみたいにシンプルなゲームだからこそ、かえってプレイヤーの人となりが、ちらりとかいま見えたりします。ゲームの内容といえば、それぞれが自分の畑と牧場で野菜や花や鶏を育て、実ったら収穫するだけ。ほかの人の畑に行って、”虫”をプレゼントしてあげる優しい人(虫は作物の収穫率を上げることにつながるので歓迎されます)がいる一方で、自分の利益のみを追求するタイプや、ルールをよく知らずに遊んでいる人もいて、まさに人間模様の縮図?!

友人が「自分の畑の作物が実ったら、友だち全員にひとつずつおすそわけするまでは収穫せずに放っておく」と言うのを聞いて、その“与える愛”の精神に心打たれ、思わず「いつまでも友だちでいてね」と口走りました。

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2009年9月27日 (日)

とつぜん青くなる東京タワー

Tokyo_tower夜のぶらぶら歩きが快適な季節。東京タワーを間近に眺めながら麻布十番の路地裏を散歩しておりましたら、突然、見慣れた紅白のライトの列が青い光に変身!

帰宅してから調べてみたら、今月の東京タワーは「ダイヤモンドヴェール」と称して土・日曜日の夜8時~10時の2時間だけ青色にライトアップされるのだそうです。

この「アクア・ブルー」にこめられたメッセージは「水・命」。東京タワーのWebサイトに詳しい説明がありました。

私の中では、東京タワーとオザケンの歌はセット。タワーが大きく見える街角を歩いていると、自動的に鼻歌が出てきます。

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2009年9月26日 (土)

富士山の季節、ビートルズ・デジタル・リマスター版

Fujisan

夕暮れどき、久しぶりにマンションの窓から富士山のシルエットがくっきりと見えていました。風邪も8割がた回復し、ベランダに出て写真におさめていたら、夫から携帯電話にメール。

「ビートルズのデジタル・リマスター全集を買うから渋谷に来て! そのあとワインを飲もう」

Amazonで購入すれば5000円ばかりお安くなるのに、入荷が10月25日となっているのが我慢できず、どうしてもいま店頭に並んでいるのが欲しいのだとか。

だいたいあなたはそんなにビートルズファンでしたっけ…?と言いながら、ワインにつられて夫の買いものにつきあい、そのあと渋谷の裏通りにある小さなワインバーで、スパークリングワインとブルゴーニュの赤のボトルをおごってもらいました。おなじみジュヴレ・シャンベルタン…に通じる造りの、フィサン村のピノ・ノワール。

15名も入れば超満員になってしまうこじんまりしたお店ですが、壁の棚に並べてある20冊ばかりの本が完全に“同好の士”で、ワインを飲みつつ、もっぱら感心して背表紙を観賞しました。

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2009年9月13日 (日)

続編:人生の価値は、思い出し笑いの数?

先日、「人生の価値は、思い出し笑いの数?」で、編集者さんのとんでもない忘れ物のことを書きましたけれども、その続編がありました。

編集部からお使いに来てくれた女性は、うちに来る途中で電車を乗り間違えて、ちょっと遠くの空港方面まで行ってしまったのですが……
「あのあと、使いの女性は、バスを乗り間違えて遠くまで行ってしまったそうです」
 (翌日の編集者さんからのメールより)

帰りもですか?! この日はいろいろな人にとって、とんだ災難の一日だったようです。思い出し笑いの数が増えた、ということにしておきましょう。

そんな災難の数々を乗り越えて、本の帯とカバーデザインのラフができました!

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(帯に使われた4軒の京都カフェの写真、どこのお店だかおわかりになりますか? 表紙のお店は、あ、あそこ!とひらめく人が多そうですね)

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2009年9月 1日 (火)

出会うようにできている

素敵な人々は、ごく自然に素敵な人々と出会うようになっているのだなあと、午前3時に電話で話しながらつくづく思いました。自分の場所で日々を丹念に生きて、善きものをめざして悩んだり喜んだりしていれば、遠く離れた場所で、同じように善きものをめざして暮らしている人々との出会いも、自然にやってくるものなのですね。無理に求めなくても。

素敵どうしはつながっていくという真実。そしてまた、怠惰がよからぬことを呼び寄せる……というのも真実。私が悪気なしに発した言葉を、すべて悪意だと解釈する人に出会ったのは、忙しさにかまけておそろかな部分が増えていたに違いない私の姿が、鏡のように映しだされているのでしょう。

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2009年8月29日 (土)

マグロ落とした人…

Tsukiji

築地市場には、なかなかカラフルな落としものがあるようです。

上左の写真は岩佐寿しでいただいた握りの一部。

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2009年8月27日 (木)

バリスタ澤田さん、木村拓哉とCM共演

先日、入稿のうちあげに築地市場内のお寿司屋さんで特上にぎり寿司を食べた帰りに、なぜかフリーポア・ラテアート・ワールドチャンピオンの澤田洋史さんと東銀座の街角でばったり!

その澤田さんがニコンのデジタルカメラのTVコマーシャルで、木村拓哉さんと共演したそうです。

CMの舞台は街角のオープンカフェ。テーブルについた木村拓哉さんの前に、バリスタ澤田さんがエスプレッソの入ったカップとミルクを持って現れ、木村拓哉さんの目の前で、得意技トリプルロゼッタをするするっと描きあげるというもの。

澤田さんによれば、実在のカフェではなくスタジオ内に組まれたセットだったそうで、照明の列、関係各社の偉い人たち、鼻息のかかる近さで木村拓哉さんが凝視している……と、神経の図太い人じゃないと手が震えて失敗しそうなシチュエーション。

でも、そこはほら、数々のチャンピオンシップの大舞台を踏んで度胸のすわっている澤田さんですから、一度の失敗もなしに30分で撮影完了となったそうです。

ちなみに木村拓哉さんはテンション低めで撮影をスタートしたものの、目の前で魔法のように描かれていくラテアートにテンションが急上昇し、関係者からは「彼が最初からあんなにテンションが高いのは初めて」という声が聞かれたとか。

「抹茶でもできるんですか?と木村さんに聞かれたから、もしかしたらビストロスマップでやるつもりかな、と思ったりして(笑)」と澤田さん。

「当初、画面には僕の手だけが写る予定だったんですが、完成作品を見たら、いつものニット帽が写ってました」

CMの放映は明日28日からスタートですって。澤田さんの華麗なラテアート、テレビの画面でどうぞご覧ください。もう少したてば、ニコンのWebサイトのこのあたりのページでも、同CMが見られるようになるそうです。

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2009年8月24日 (月)

最後の蝉が

あらゆる素敵なお誘いを泣く泣く断って、家にこもりつづけた1ヶ月。無事に入稿しました。一部後送の条件つきですが。あとは、イントロダクション部分を書くだけ。

朝、昼、晩、いつ見ても妻が鬼気迫るパジャマ姿でパソコンにかじりついている光景に、「今回は数年ぶりの大ピンチだね!」と察してくれた夫。よく、帰宅する前に「何か食べたいものある?」というメールを送ってくれるので「アレグレスのエクレアを山のように買ってきて」とか「VIRONに寄ってバゲットを買いだめしてきて」とか、いろいろと差し入れをお願いしました。ありがたいことです。

今日のこの空気の匂いはどうしたことでしょうか。8月であることが嘘のように、秋の匂い。お昼前にはどこかでまだ一匹だけ鳴いていた蝉の声も、正午を過ぎると聞こえなくなりました。

まだピンチを完全に脱したわけではなくて、じきに大量の校正作業が始まるのですが、旅ごころが膨らみはじめています。本物の秋になったら、仕事ぬきの旅へ!南へ!出かけようと思います。

少し学んだことといえば、何があろうと、自分はただ静かに、いっしょうけんめいに世界を愛していればいいのだということでしょうか。こまごまとした悲しみや怒りや焦りで、気持ちはいつでも簡単に揺れ動いてしまいますが、オアシスの場所を知っていると、すぐにそこに戻っていけるようです。

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2009年8月16日 (日)

夜明けの虹

今朝がた5時ごろ、ひと息入れるためにベランダに出たら、明けていく空に淡い虹が現れはじめるところでした。虹のかけらが少しずつ伸びていって、やがてくっきりとした半円に達し、さらにダブル・レインボウになるのをずっと見ていました。

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2009年8月10日 (月)

籠城中

原稿書きの正念場で、日々、せいぜい半径100mの範囲内しか外出しないようになってきました。野菜やワインはoisixなどの宅配で、コーヒーやスイーツもインターネットでお取り寄せ。昨日からは徳島の名店、aalto coffeeから取り寄せたコーヒーを飲み始めたのですが、これがまたおいしくて。美しい苦みの中に、どこか遠くでキャラメルの香り。

「カフェのニュース」に掲載ご希望のメールをくださった方々に、情報掲載の遅れをお詫び申しあげます。到着順に掲載させていただきますので、気長にお待ちいただけましたら幸いです。

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2009年7月31日 (金)

モンキアゲハの夏

7月終わりの伊豆大島は、“蝶の島”になりかけていました。数年前に東京23区内でも美しいマリンブルーのアオスジアゲハがたくさん舞った夏がありましたが、今年の大島もそんな蝶の当たり年なのでしょう。

庭の花々のまわりには、アオスジアゲハと、漆黒の羽根に白紋が印象的な名前のわからない蝶がたくさん飛び交っており、都内に戻ってからたまった仕事をよそにインターネットで調べたところでは、どうやら「モンキアゲハ」の雄たち。

Ageha_2 大島で飛んでいたのは、写真よりも紋が丸くて、あたかも家紋入りの礼服を着ているように見える蝶だったのですが、「モンキアゲハは赤い花を好む」との記述もあり、たしかに真っ赤なハイビスカスの花から花へと飛びまわっていたので、モンキアゲハなのでしょう。

義父は毎日、お気に入りの籐椅子に身体をのばして、長いこと静かに庭を眺めています。言葉が不自由になり、本も読まず、新しいものごとに興味を持つこともなく、なにかをつくったり生み出したりもせず。

それで生きていて楽しいと言えるのだろうかと、不遜なことを考えたりしたのですが、先日、宮田さんに「お義父さんは精神性が高い状態」と指摘されて、気がつくことがたくさんありました。
あくせく吸収したり生産したりせず、大小の欲望からも自由になって、ひたむきに息を吸って吐くこと…生きることそのものを全身で甘受できることは、ひとつの理想の状態なのかもしれません。おとうさん、いまなにをしているのですかと尋ねて、もし口が自由に動くなら、いま、生きることをしている、と答えてくれそうな気がします。

5日間、島に滞在していても、島一番のカフェZENには一度しか行けず、海にも両足をひたした程度でしたが、信号がひとつしかない島ののんびりした空気は、まだ私を取り巻いているようです。それじゃ困るんだけど!

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2009年7月25日 (土)

恒例の、イスロマニアの日々

Kyotocafe写真は京都のカフェ。間接照明とさまざまなモノたちの影が目を楽しませてくれる空間でした。

  * * *

25日から30日まで、ノートパソコンと仕事を抱えて、夫の実家・伊豆大島に帰省します。インターネット環境がないので、サイトの更新はお休みいたします。

年齢が年齢だけに、夏の気候がことのほか体にこたえているらしい義母から、「来てくれるのが本当にありがたい」という電話。

それでは、お料理にお掃除にお洗濯に張り切らせていただきます!…と思ったけれど、あの二人はパスタや濃厚な味つけのものを食べたりはしない。
シニアに喜ばれそうなあっさり和食のレシピの本を探すなどの準備に時間をとられて、仕事がなかなか進みません。

それでも、「島の喜び」はいつものように私を待っていてくれるでしょう。年齢を重ねるごとに、イスロマニア(島愛好者)の度合いは増すばかりです。

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2009年7月19日 (日)

品川駅前ダブル・レインボー!

Rainbow

日曜日の夕暮れどき、山手線が品川にさしかかるころ、電車の窓から虹を見つけました。大急ぎで品川駅の改札を抜けて港南口の広場に出ると、みごとに大きなダブル・レインボー!

DEAN&DELUCA前の広場は、携帯電話や小さなデジタルカメラを大きな虹に向けて写真を撮る人々でいっぱい。二人連れやグループの人々は撮った写真をおたがいに見せあい、ひとりでいた人々は写真を撮ったあとでめいめい誰かに電話をかけ、虹のことを知らせていて、なんだかとても幸福な光景だったのです。

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2009年7月12日 (日)

移動熱とピュアシナジー

おかしなことに、旅から帰ってくる途中で、必ず熱を出します。

海外旅行の場合は、成田空港に戻る飛行機のなかで決まって熱を出して大汗をかいてしまうし、わずか1泊2日の国内旅行でも、帰りの新幹線のホームに向かうころに熱が上昇しはじめて、座席につくころには暑くてたまりません。ひたいや首すじに手で触れると燃えるよう。

名づけて「移動熱」。行きは平気なのに、帰りだけ決まって発熱する不思議。自宅で一晩眠ればすっと下がってしまうので気にしてはいませんが、単純に旅の疲れということでは納得できない奇妙な発熱です。

旅先でピュアシナジーを飲むようにしたら、以前は1週間の取材旅行に出かけると、毎日夕方には全身がぐったりと重くなってしまい、ホテルに戻って眠るだけになっていたのが、みごとに疲労を全く感じず、夜もまともに起きていられるようになりました。

しかし、ピュアシナジーを導入してもなお、移動熱だけは出るのです。旅先でその場所の風景や空気やおいしいものに集中するあまり、魂の一部をそこに置いてきてしまうのでしょうか? そして、肉体が帰路についたことに気づいた魂が、あわてて肉体に戻ってくるものだから、その摩擦で熱が出るのしょうか…などと想像しています。

Dressing 数年前に初めてピュアシナジーにトライしたときには良さがわからず、小瓶を半分ほど飲み終えたところで飲まなくなっていたのですが、なんとなく思い立って再度購入してみたら手放せなくなりました。飲むべきタイミング、出会うべきタイミングがあるのかもしれません。

とくに旅先での体調維持には欠かせないので、写真のパイレックスのドレッシングシェーカーといっしょに、小瓶に移し替えたピュアシナジーを持参しています。(粉末を水に溶かして飲むのです)

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2009年7月 1日 (水)

沖縄の蚊取り線香

毎年、蒸し暑くなってくるたびに悩まされてきた蚊取り線香問題。今年はようやく良い解決策に出会えたような気がします。

困っていたポイントは、火を使わない電子蚊取り線香も、昔ながらのスタイルの緑いろの渦巻きに火をつける蚊取り線香も、農薬を含んでいること。化学的な殺虫成分で蚊を殺すのですね。人間がその空気を呼吸していると、アレルギーの原因になると言われています。

かわりに使ってみた「菊花せんこう」は、天然の除虫菊や除虫草から作られた、安心できる虫よけ。農薬不使用のぶん、「殺虫」効果はなくて優しい「防虫」ですが、困るのは煙が多いこと。虫よりも私の喉のほうにダメージが大きいような気がします。

そのため、これまではもっぱら精油にお世話になっていて、シトロネラの精油や月桃の精油をアロマポットにたらしてキャンドルに火をつけていました。でも、ちょっとだけ火が心配なのですよね。

今年はどうしようかな、と思っていたときに、たまたまAll Aboutのスタイルトアでみつけたのが、「うる月桃香」という月桃の葉を練りこみ、化学物質をまったく使わずに作られた虫よけ線香。(決してスタイルストアの宣伝では…)

Getto

琉球ガラスの香炉とセットになって販売されているのを購入してみたら、煙がほのか、香りもほのかで、とても使いやすいのです。そして、ディープな沖縄好きの方ならご存じかと思いますが、月桃の香りとは、すなわちムーチーのおいしそうな香り! 好き嫌いはありますけれども。

(ふと、石垣島の小さなよろず食品店で買って食べたムーチーより、東京に戻って沖縄からお取り寄せしたムーチーのほうがずっとおいしかったという記憶がよみがえりました…)

防虫効果のほどは、まだこれから実力を確認というところですが、なるべくクーラーをつけずに過ごしたい人にとって、貴重な道具になるかもしれません。4色の琉球ガラスの香炉のなかから、上の写真と同じ濃い水色を選びましたが、海を思わせるきれいな色です。

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2009年6月26日 (金)

『未来の食卓』~悪いと知っていて食べるのは人間だけ

未来の食卓 京橋の映画美学校で、フランスのドキュメンタリー映画『未来の食卓』の試写を観てまいりました。

舞台は南仏の小さな村。一見、緑豊かな環境に恵まれた農業地帯のようですが、じつは農園には大量の殺虫剤や化学薬品が散布されており、大人から子どもまでガンや白血病の罹患率が増加の一途をだとっています。

村長は「村の小学校の給食をすべてオーガニックにする」という異例の試みに挑戦し、子どもたちや村の人々、農家を巻き込んで、小さな奇跡の輪を少しずつひろげていきます。

笑えるのは、登場する子どもたちがけっこう正直なこと。ある男の子はニンジンが嫌いでフライドポテトが大好き。給食からフライドポテトが姿を消したことに、まだ未練たっぷりのようです。そして彼の姿は、確実に肥満の兆候を示しているように見えます。

上映終了後、来日して日仏会館での記者会見を終えたばかりのジャン=ポール・ジョー監督が会場に駆けつけて、小さな会場を埋め尽くした観客に向けて短いスピーチをおこないました。

そのなかで最も印象的だった言葉が:

「体に悪いと知っていながら、それを自分の子どもに与える動物は人間だけ」
「悪いとわかっていながら食べ続ける動物は人間だけ」。

ジャン=ポール・ジョー監督自身がガンを患ったことが、食生活と環境を“どこか遠くの問題”ではなく、真に自分の身にさし迫った問題として考える契機となったようです。

映画の中では、のどかで美しい田園風景のなか、宇宙服のような防護マスクをかぶった農民がトラクターに乗って農薬を散布していく姿が衝撃的ですが、フランスは農業大国、日本はそうではないからここまでひどくないはず…と思うのは大きな間違い。映画のパンフレットによれば、日本は1ヘクタールあたりの農薬使用量がなんと世界で第2~3位という恐ろしいことになっているのですって。

私たちにとっても、もはや、オーガニック食材は価格が高めだとか、それについて考えるのが面倒とかいう次元ではすまされない事態になっているのを痛感しました。

日本の農業にも、まだ希望があるようです。たとえば各メディアで何度かお見かけした松木一浩氏は、タイユヴァン・ロブションの総給仕長から農業に転身し、静岡の「ビオファームまつき」でおいしい有機野菜を育て、その野菜を気軽にたっぷり食べられるデリカフェ、ビオデリを成功させていますね。

従来の農業にはなかった要素を持ち込んだそのビジネスモデルは、最近増えているという農業を志す若い人々にも少なからぬ勇気を与えているはず。私たちはその野菜を選んで食べることで、ちょっとずつ支えていけますね。

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2009年6月24日 (水)

京都・長久堂の666

666

長久堂がとあるカフェのために作っている月替わりのお菓子。6月はソーダ味のこんぺいとうの上に、紫陽花と「6」の干菓子が3つ並んでいます。

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2009年6月 2日 (火)

京都は夏めく陽気

火曜日の朝から、また京都に来ています。陽射しが強くなっていて、長い時間歩いていると汗ばむくらい。

4月に訪れたときは純白と紅色のハナミズキが満開だったprinzの中庭が、今は薔薇の花ざかりです。

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2009年5月30日 (土)

エクストリーム・ラテアート!

はじめてBEAR POND espressoに行ったときに、店内でばったり遭遇したラテアーティスト・澤田洋史さん。NHKで澤田さんの姿が放送されたときも、舞台はBEAR PONDでしたね。その澤田さんに、先日CAFE415にてインタビューさせていただきました。6月1日のAll About[カフェ]でインタビューをお届けします。→記事はこちら

驚いたことに、澤田さんはDEAN&DELUCAの社員番号1番として、日本国内での立ち上げに尽力した人。都内のマンションの一室で、たったひとりであらゆる作業をおこなうことからスタートしたそうです。
私が品川のDEAN&DELUCAでしょっちゅうお世話になっている商品の名前を幾つかあげると、「それを入れたのは僕です」。

まだ塩キャラメルが流行する前に、DEAN&DELUCAの塩キャラメル味のプレミアムアイスクリームの開発を手がけたのも澤田さんでした。時期尚早で、味見をした社内の人々は「…は?」という反応だったそうですが、後年、日経が特集したコンビニで買えるおいしいアイスクリームのランキング1位に。

先駆者、という言葉が頭に浮かびました。本来ならもっともっと、ニューヨークくさい店づくりをしたかった、と澤田さん。現在のDEAN&DELUCAは日本人のテイストに合わせた展開で親しまれていますが、先駆者としてはさらにエッジの効いたお店にしたかったのでしょうね。

広くみんなに好まれる商品と、先駆者が魅了される商品がタイムラグなしに一致することは、めったにないのかもしれません。かといって、先駆者がほかの誰かを喜ばせよう、楽しませようという気持ちを捨てたらおしまい。でも、ヒット商品開発だけを目標に仕事をしていては、魂がしおれてしまうのです。

まず、自分自身がわくわくすることに向かって進んでいく。それはジャンルを問わず、真剣に仕事をする全ての人にとって忘れてはならない基本なのだと、あらためて自分にも言い聞かせました。目の前の締切に追われていると見失いがちなので、どうすれば常にそんな初心をキープできるかが重要な問題。

下のラテアーティストも、実行しているときにわくわくしたはずです! You TubeでNHKで放映された澤田さんのラテアートを見ていたときに発見したエクストリーム・ラテアーティスト。なんてバカで素敵なんでしょう。

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2009年5月13日 (水)

消しゴムはんこ・東京カフェマニア

Hanko

ネジさんが消しゴムはんこを作って、プレゼントしてくださいました! じつは以前から依頼したいと考えていたので、小さな包みを開いたときの驚きと嬉しさはひとしお。

「ふだんから、お世話になった人などに、よくさしあげるんですよ」
気軽に自慢してもいいという許可をいただいたので、見せびらかします。

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2009年5月 1日 (金)

金髪男子、撮影中

毎月スプリング誌で連載している「カフェに教わるおいしいレシピ」が、またまた、ムック化されることになりました。これまの2年間に掲載してきたお料理を集めるだけでは芸がないので、ムックには新たに27軒の素敵なカフェを掲載させていただき、50以上の新レシピを追加してご紹介することになりました。

京都から帰ってきてすぐに、編集者とカメラマン氏の3人で各カフェの取材に回っているのですが、その初日。撮影現場になじみのないカメラマンの後ろ姿が…と思ったら、ほぼ毎月のようにお世話になっている青年でした。
「金髪じゃなくなったから、一瞬だれかわからなかったわ」と申し上げたら、

「ぼくが金髪をやめたのは3年前ですよ(笑)。最近髪型を変えたのは事実ですけど」

つまり私は数年前に「この人は金髪」と覚えたまま、その後、彼が黒髪になろうが黒髪長髪になろうが、ずっと金髪だと思いこんでいたのです。まるで、おばあちゃんが一度「うちの孫は小学生になった」と認識したら、その後中学生になろうが高校生になろうが、孫は小学生だと思っているみたいに…。

Cameraman

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2009年4月26日 (日)

いづう(祇園)、吉川(三条)

Izuu1週間の京都滞在から戻ってきました。初日の夕食は祇園・いづうにて。“女ひとり寿司”もまったく平気なお年頃になったことは、やや複雑な嬉しさです。

いただいたのは「鯖寿司・小鯛雀寿司の盛合せ」とお吸いもの。お店の人が「鯖寿司は昆布をはずしてから召し上がってください」 と言うのも道理。肉厚で上等な昆布がきっちりと巻かれていて、そのままでは噛みきれそうもありません。

締まって張りのある鯖の身に、しっかり効かせてなじんだ酢の風味と、昆布からにじみ出る旨味がうつって、いかにも昔ふうの味わい。1個目より2個目がおいしく、2個目より3個目がおいしく感じられる不思議。

最終日のランチは、吉川旅館の天ぷら。食いしん坊の知人の「夜はお高いのでお昼に行ってください」というアドバイスに従ったところ、3150円で軽くひととおりいただくことができました。

小雨に濡れた坪庭の美しい緑。10名座れば満席の小さなコの字型のカウンターの中に、板さんがひとり。最初に揚がったのは海老でした。それから、茄子、厚いしいたけ、たらの芽、こごみ、お塩でいただく鯛、かぼちゃ、よもぎ麩など。
魅力的なものが多い春野菜のなかでも、とりわけ、たらの芽と花山椒は私にとって二大スーパースター。今週は京都でこの2つの香気を味わえて幸せでした。

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2009年4月 6日 (月)

飲み込むという高度な動作

ほんわか茶飲み日誌の「逃げるのをやめると、恐怖感が消えていく」のなかに、義父が一時、水にとろみをつけないと飲み込めない状態だったと書いたら、どういうことでしょうかというご質問メールをいただきました。これは「嚥下障害」と呼ばれている症状です。

私たちがふだん意識せずにしている動作って、じつは各器官のおそろしく複雑な動きの組み合わせなんですよね。食べものを咀嚼して、口の奥のほうに移動させ、ごくりと飲み込むなどという動作を分解すると、あまりのややこしさに気が遠くなりそうです。義父は2ヶ月ばかり半身麻痺が続いていましたから、そんな高度な動作ができないのは無理からぬこと。

嚥下障害の人のために、水やスープにとろみをつけることができるのが「トロミーナ」。義父も一時期お世話になっていたのですが、高齢になっても人間に備わっている「治る力」は本当にすばらしいですね。いまやエクレアはもちろん、野菜や果物もばりばり食べることができて、おいしくてたまらないようです。

どんなにピンチの事態でも、笑える瞬間というのは必ずあるものです。歩行訓練をする義父が、義母がいないところでは比較的しっかりと歩くのに、義母の前では無意識によちよち歩きになり、義母に腕を支えてもらっていることを発見してしまいました。

若いころは昔気質の頑固な家長として、ちょっとしたいばりんぼだったらしい義父が、いまやママに甘えるベビーのようにして、すっかり心優しい義母に頼りきっているのです。なんだか可愛いでしょう? 義母のほうもまんざらではない様子なので、なおさら微笑を誘われました。

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2009年4月 4日 (土)

山桜と染井吉野、または犬とおじさん

Sakura

毎年恒例の多摩川土手のお花見。夫とふたりでビールと白ワインを飲みながら、桜が放射する生命力をそっと吸いこんで。

風もないのに次から次へと真っ白い花房を舞わせる山桜と、土手のむこうに薄紅色に連なる染井吉野の対比がおもしろくてカメラをかまえていたら、犬がおじさんを連れてやってきて立ち去らず、「犬とおじさん」というような写真になってしまいました。

手前の白い山桜の花。

Sakura3

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2009年4月 1日 (水)

チョコを選べば世界が変わる

Choco_revo_01_3

2009年3月28日、お台場のTOKYO CULTURE CULTUREにて、「ブロガーmeetsチョコレボ!!~チョコレートレボリューション~」と題したイベントがおこなわれました。

イベントに参加するときには、いつもなにかひとこと、記憶に残る言葉を持ち帰りたいと思っているのですが、今回も素敵な言葉を胸に抱いて帰ることができました。

イベントの内容 -----

(1) 「おいしくて地球にやさしいチョコレート」のために活躍するスペシャリスト3人のトークセッション
 ○チョコレボ代表・星野智子さん
 ○オーストリアから来日したヨーゼフ・ゾッター
 ○カカオ・チョコレートプランナーの小方真弓さん

(2) 各社のフェアトレードチョコレートの試食

たまたまこの2月、3月にチョコレートの本の原稿を書いたおかげで3人のお名前をよく存じあげており、本の中でもフェアトレードのページを設けてご紹介させていただいたので、ぜひお話を聞きたくてイベントに足を運びました。

Choco_revo_02

チョコレートの三極分化 -----

印象的だった内容のひとつが、現在のチョコレート事情についてのお話。私たちのまわりのチョコレート製品は【フェアトレード、オーガニックチョコレート】、【有名ショコラティエによる高級チョコレート】、【スーパーマーケットなどで流通しているお菓子メーカーのチョコレート】の3つにくっきりと分化しているようです。

クオリティ=食べる人の幸せ+作る人の幸せ -----

この日、私が持ち帰った言葉のひとつは、終始やわらかな物腰で、あたたかな微笑をたたえていたゾッターさんの言葉でした。

オーストリアにあるゾッターさんの会社では、フェアトレードの素材とオーガニック素材を用いたおいしいチョコレートを生産しています。その全行程がガラス張りの作業室でおこなわれていて誰でも見学可能、製造中にゴミとして出るカカオの殻は燃料に活用し、社員たちのランチまでオーガニックという素晴らしいチョコレートづくりを実現しているそう。またゾッターさん自らカカオ生産地に出向いて技術支援も。

「工場が建っている環境も、窓を開けたら林檎の香りがするような素敵な場所にあるんですよ」とオーストリアを訪ねた星野さん。

もっとおいしく、さらに良いチョコレートを、とクオリティをつきつめていったらフェアトレード&オーガニックにたどりついたとゾッターさんは言います。

Zotter_03_2

「ハイクオリティーとは、味だけの問題ではないと思います」
これが心に響いたひとことでした。
「おいしいチョコレートの陰に、満足な生活のできない人々の存在があると知ってしまったら、それはもうおいしいチョコレートとは感じられませんよね?」

なるほど!と思ったのです。従来の考え方なら: 
  クオリティ=品質(おいしさと安全性)
ですが、ゾッターさんの考え方は: 
  クオリティ=食べる人の幸せ(おいしさと健康)+作る人の幸せ

熱帯の国々でカカオを作る人々の幸せ、そしてそのカカオを工場でチョコレートに仕上げる人々の幸せ。どちらもハイクオリティーなチョコレートにとって大切なことです。

「作っている人々がハッピーでなければ、ハッピーなチョコレートは生まれない」とゾッターさん。穏やかな笑顔とともに心に残りました。

このあと、カカオプランナーの小方さんの解説のもとでZotter(ゾッター)DAGOBA(ダゴバ)KAOKA(カオカ)各社のフェアトレードチョコレートを食べ比べる“利きチョコ”がおこなわれ、興味深い体験をしました。利きチョコについては後日、All Aboutでご紹介したいと思います。

フェアトレード、伝えることの難しさ -----

世の中には「安いことが一番大事!」という価値観も少なからず存在するものです。それに対して、フェアトレードに関わる人々がどんな説得力のある言葉を持ちうるのか、ものを選んで買うという心の持ちかたにまで影響を与えることができるのか、今後も模索していかねばならないことでしょう。

Zotter_01
購入したチョコレートに、ゾッターさんにサインしていただきました。

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2009年3月28日 (土)

咲いています/ツチオーネ

Sakura2_3

ツチオーネのプレス・プレビューの帰り道、九品仏の駅前から、白い花影に誘われて浄真寺の静かな参道へ。背の高い桜の樹が1本、花を開きはじめていたのです。濡れた舗道に次から次へと花弁が落ちてくるのでなにごとかと見あげれば、食いしん坊の鳥が2羽、新鮮な桜のごちそうをさかんについばんでいたのでした。

九品仏の名前は、浄真寺の境内にある3つの阿弥陀堂のそれぞれに3体の阿弥陀如来像が安置され、合計9体の阿弥陀如来がいらっしゃることから。

「この9体はそれぞれ、上品上生、上品中生、上品下生、中品上生、中品中生、中品下生、下品上生、下品中生、下品下生を表し、これをあわせて九品(あるいは九品往生)という」(Wikipedia)……というのを読むと、頭の中には和菓子の上生や、生ビールの中ジョッキが踊ってしまいます。

ツチオーネのメニューなど、詳細はこちら

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2009年3月25日 (水)

がぶ飲みテッラ・ノストラ

夕食どきには必ずワインを飲んでいます。自宅で最近よくテーブルにのせる赤ワインはテッラ・ノストラ・スーパートスカーナ 2004。サンジョヴェーゼにカベルネ・ソーヴィニヨン10%をブレンドしたデイリーワインで、とにかくコストパフォーマンスの良さに驚いてしまいます。ちょっと乾いた果実感と飲みやすい甘さが魅力。

食事にあわせて水のようにぐいぐい…もとい、ほどほどに飲むものですから、あまり重厚で複雑だったり余韻が長かったりすると食事がすすまないのです。すばらしき偏屈王にして酔っぱらい大王だった内田百閒のエッセイにも、夕食どきの日本酒はいつもの安いのじゃないと困る、というような記述が出てきますが、あれはまことに真実です。

そういえば、最近あちこちのお店でビオワインを見かけるようになりました。白のビオワインはおいしいと思えるものにしばしば当たるのですが、赤のおいしいものにはまだ出会えていません。どなたかおすすめの1本を教えてください。

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2009年3月21日 (土)

星の増えるローズクォーツ

むかし代官山のKC JONESで買いもとめた大きなローズクォーツの指輪には、6条の美しいスターが入っています。スターの写真を撮るのが難しそうなので、インターネット上でよく写っている画像を探してみました。たとえばこちら

「この指輪は英国グラストンベリー在住のデザイナーが、アーサー王伝説に登場する魔法使いマーリンの指輪をモティーフにデザインしました」という解説に惹かれて、ローズクォーツに興味がないのになんとなく購入したもので、買ってから2、3年のあいだ、この石は私が指にはめてもずっと眠っていたのです。(同じデザインのラリマーの指輪がこれ

石が起きてから初めて「それじゃ、この石は今まで眠りこんでいたのね」とわかったものですから、その違いを言葉で定義するのが難しいのですが、石が目をさますと輝きがまるで違ってきます。なにをばかなことを、とおっしゃるなら、ひとつの、ちゃんとしたクオリティの石をご自分で毎日身近に眺めていると、色や輝きが日によって微妙に違うことにお気づきになることと思います。

なにをきっかけに石にスイッチが入ったのかわからないのですが、気がついたらぱっちりと目ざめていたスターローズクォーツ。ここ数年はうるうる、きらきらと輝いています。

先月、長野在住のアロマテラピスト&エスティシャン…という肩書きが正確なのかどうかわからないので、このさい「スーパーセラピスト」と呼んでおきますが、強烈なマジックパワーをお持ちの宮田多美枝さんが、英国在住のホメオパスの先生といっしょにグラストンベリーやストーンヘンジをめぐるレイラインの旅に出るというので、私の指輪も連れていってもらいました。里帰りしたら嬉しかろうと。

春分の日の三連休に東京にいらした宮田さんから「グラストンベリーの聖泉チャリスウェルとホワイトスプリングの両方に浸してきましたよ」と受け取った指輪は……なんと、星が増えて12条になっていました! そんなことが起こりうるのでしょうか? もしかしたらその場所の光源のせいかもしれないけれど、12条の星入りローズクォーツなんて目撃するのは初めてでした。

その強いエネルギーに当たってしまったのかどうか、昨晩は突然に高熱が出て体が灼けつくよう。途中で何回か目覚めて「灼ける……」と思う間もなくまた熟睡して12時間くらい眠り続け、目をさましたらよく晴れた正午でした。

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2009年3月13日 (金)

京都5日目:イケズの実在

お仕事で京都に滞在して5日目。過密スケジュールで、今日はじめて、夕方から休憩タイムに入れました。もう少ししたら、御多福珈琲で店主(ルパン三世にそっくり)に紹介していただいた人のお店に、たくさんの日本酒と、美味しい魚の煮つけを目当てに出かけようと思います。どうやらホテルから歩いて10分かからないようです。

毎日いろいろな人にお話をうかがうついでに、京都人がイケズかどうか尋ねています。違うと答えた人は、京都人であれ、よそもんで京都在住の人であれ、まだひとりもいません。

「ぼくはイケズです」と、ものやわらかな口調で答えてくださった生粋の京都人カフェオーナーもいました。書店で『イケズの構造』なる本をみつけて購入し、ビジネスホテルの部屋でワインとパン(京都はブーランジェリー天国)をちびちびやりながら楽しんでいます。

今日取材させていただいたレトロな喫茶店では、コーヒーとホットケーキ代をお支払いしようとお財布から千円札をとりだしたら、昭和17年生まれという女性店主にがしっと腕をつかまれました。払うと言い張っては失礼かと思い、そのままおとなしく引っ込めたのですが、『イケズの構造』を読み進めたら、もう1回さしださなければいけなかった…ような…気がしてきました。

彼女にむかって、取材時に「失礼ですが、おいくつでいらっしゃいますか」などと尋ねてしまったのも失敗でした。

「記者さんはおいくつ? あたしよりずっとお若いわよね。昭和20年代生まれかしら?」

……なんて素敵な切りかえし! 一般的には、たとえば相手が30歳かなと見当をつけたら「27歳くらいですか?」程度に言っておくのが穏当で相手も自分も心地よいふるまいですよね。

そんなにも実年齢より年上だと言われたのは初めてでした。そうです、失礼な質問をするばかな“記者”には、イケズを言ってわからせてやればいいのです。5日目にして初めてイケズの実在につきあたり、言われた瞬間は冷や汗をかいたけれど、少したってから思いかえすと笑いがこみあげてきます。さすが京都で生きて70余年!

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2009年3月 8日 (日)

あわてている日々の書きまつがい

先だっては携帯メールを送るときに、自著『カフェとうつわの旅』の入力をまちがえて『カフェとうちわの旅』としてしまい、相手に「なかなかオツな旅ですね」と返されましたが、本日はPCメールで「企画書をお送りします」と入力したはずが「威嚇(いかく)書」を送りつけてしまいました。相手が怖がっていないよう祈るばかりです。憧れは、カフェで左うちわの旅です。

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2009年3月 4日 (水)

老舗取材のアポイントメント

老舗喫茶店を本に掲載させていただくのは、なかなか大変なことです。
本の内容をご説明するため企画書を送ろうにも、お店にはFAXもメールアドレスもないので、速達で郵便を出すしかありません。取材日時をご相談するために電話をかけると、受話器の向こうにはエレガントなおばあさま。耳がお遠いので、私は受話器にむかってずっと叫んでいます…。 

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2009年2月22日 (日)

アイルランドのカフェ/セントパトリックスデー・パレード

いつか行きたい国のひとつ、アイルランド。興味の対象はケルト神話と、アイラ島の8つの蒸留所めぐり。旅のスリーカードがそろったら出かけるつもりですが、いつになるのでしょう。

アイルランドのAvoca Cafeから女性シェフのレイリー・ヘイズさんが来日し、アイルランド流スコーンの作り方を披露したのをAll Aboutカフェでご紹介したことがあります。その記事を読んでくださった方の中に、エンヤがきっかけでアイルランドに惹かれ、その後さまざまな出会いに導かれるようにしてアイルランドに留学した女性Sさんがいらしっしゃいました。

「ダブリンの語学学校のお友達が真っ先に教えてくれたのがavoca でした。とってもかわいくて楽しいお店なんだけど、アイテムはちょっとセレブなお値段で、それでもフード系はすっごく気にいって、ついつい何度か食べに行った記憶があります。焼きたてのスコーンはやさしくて、手作り感いっぱいで、一口でとっても幸せな気分になっていました」

現在、Sさんは非営利団体「アイリッシュネットワークジャパン」でボランティア活動をしていて、3月21日に横浜元町でおこなわれるセントパト リックスデー・パレードという楽しそうなお祭りのお知らせを送ってくれました。セント・パトリックは緑の島アイルランドの守護聖人。詳細はアイリッシュネットワークジャパン横浜のWebサイトでどうぞ。

Sさんによれば、パレードついでに立ち寄るべきう横浜元町のおすすめカフェは、日本茶カフェの茶倉

「私は普段山手から元町にかけての坂道をひとり歩きするのが好きなので、茶倉はおひとりさまには嬉しいお店です。パレードの喧噪とは対極にあるお店ではありますが。
一ハマっ子としては、緑アイテムを身につけてパレードを楽しんで、一服したら喜久屋のラムボールをおみやげにして帰っていったらいいんじゃないかなーなんて勝手に思ってます」

パレードが始まる前には、オープニングセレモニーとして、アイリッシュミュージシャンによる演奏やアイリッシュダンスが楽しめるようです。Sさんによれば、アイルランドは「こころとからだがささくれてしまった人を、じんわりとあたためてくれるような、そんな魅力があるように思います」とのこと。早春の1日、守護聖人のお祭りでもあたたまれそうですね。

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2009年2月19日 (木)

妖精のケーキ

0218_d_0006それは真夜中の12時過ぎのこと。

マンションの1階エントランスに素敵な二人組がやってきて、部屋から降りてきた夫と私にスイーツを手渡すと、すぐに自動車に乗って走り去っていきました。まるで季節はずれのほっそりしたサンタクロース、あるいは森の心優しい妖精さんたちのように。

その妖精さんのスイーツを朝食にいただいたら、ふんわりしっとりほんのり甘く、白胡麻ときなこが輝くばかりに香ばしく、ひときれで、1日に必要な幸福量をすべて摂取できてしまいました!

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2009年2月12日 (木)

強要ロハスと地球寒冷化

年末にカフェの店長さんから聞いた笑い話。カフェの常連客の中にたいへん環境に対する意識の高い女性がいて、彼女がお店のトイレに入ったあとは、必ず便座のヒーターのスイッチが消されているのだそうです。おかげで次に利用する人は、便座の冷たさに泣かされてしまうとか。

正しいことは大声で言いやすいものですが、それがどれほど正しくても、有無を言わせず他人に強要するのは反則ですよね。

「2月2日、日本経済新聞に『地球の気候 当面「寒冷化」』という大きな記事が載りました」

これは愛読している雑誌『オルタナ』の編集長・森さんのメールマガジンに書かれていたこと。地球の平均気温は98年をピークに低下しており、08年の平均気温は21世紀に入ってから最も低かったといいます(英気象庁調べ)。

もしそれが事実なら、温暖化を食い止めるための数々の努力は…・と愕然としますが、地球にストレスをかけずに生きる方法を探してきたことは、たぶん無駄にはならないはず。

メールと同じ内容を、森さんのブログ「オルタナ編集長日記」でも読むことができます。ちなみに森さんは渋谷にあるおいしいチェコ料理カフェ、cafe anoのオーナーで、私はカフェの取材を通して森さんの活動を知ることになりました。

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2009年2月 9日 (月)

チョコレート探偵

4月発売予定の本の制作がそろそろ佳境に入ってきました。ショコラをテーマにしたヴィジュアルブック。

楽しそうなお仕事ですね、とよく言われるのですが、原稿を書く前に細かい準備作業がもりだくさん。書く時間の何十倍もかかります。

チョコレートが印象的に登場する映画や小説を探しては、DVDの発売元を調べて、本の企画書を送って画像提供を依頼する作業。それから、SEX AND THE CITYの中でバリシニコフがチョコレートをポケットから取り出すのは、シーズンいくつの、どのエピソード? エルキュール・ポアロが毎朝ホットチョコレートを飲むという文章が、何十冊ものポワロ・シリーズの中のいったいどこに書いてあった?

たったワンシーンを探すためにえんえんDVDを観たり、文庫本のページをめくりつづけたり。まるで地道な聞き込み調査をする私立探偵のように。

書籍をめぐる状況は寂しいもので、良質な本、手間ひまのかけられた本がすぐに絶版になってしまうことには驚くばかりですが、映画をめぐる状況はさらに寂しいということがひしひしと感じられます。1冊の本と1編の映画では、関わる人々の数も制作費も桁違いなのに、映画もあっという間にDVDが廃盤に。『ショコラ』のDVD発売元に電話をしたら、もう廃盤です、映像の版権を現在どこが持っているかもわかりません、とのこと。名作『赤い薔薇ソースの伝説』も廃盤でした。

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2009年2月 4日 (水)

日本橋のサイエンスカフェ(2月28日)

NPO法人Science Stationの学生のかたから、サイエンスカフェのお知らせをいただきました。残念ながら舞台がカフェではないので、カフェの情報を濃厚にお届けしたい「カフェのニュース」のページには掲載を見合わせたのですが、興味深いイベントなのでこちらでご紹介させていただきます。

 「私どもの行いますサイエンスカフェとは、
 コーヒーや茶菓子を片手に、気軽な雰囲気で研究者の話を聞いたり、
 お客さんに質問を行っていただいたりしながら、
 普段敷居の高いと思われがちな科学や科学者に対し、
 さまざまな方に興味を抱いていただこうというというイベントです。
 現在、私共の団体のみではなく、多くの学生組織や大学などが主体となり、
 全国でサイエンスカフェが行われる状況にあります」

詳細はこちらをご覧ください。今回のサイエンスカフェは2月28日(土)、日本橋のギャラリー宙(そら)にて。素粒子物理、銀河天文学の研究者のお二人がゲストだそうです。

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2009年1月13日 (火)

Robert's Coffeeの可愛いカメラマン

Roberts

イスタンブール新市街の目抜き通り、イスティクラール通りに面したRobert's Coffeeで、それはそれは可愛らしいカメラマンに出会いました。

両親に連れられてきた、真っ赤なジャケットの女の子。両親がテーブルについてコーヒーを飲んでいるあいだじゅう、彼女は象のぬいぐるみといっしょに店内をそっと歩き回り、ぬいぐるみをいろいろな場所に置いてポーズをとらせては、小さなデジタルカメラで記念写真を撮影しているのです。

トルコの人々は子どもを非常に大切にすると聞いていましたが、なるほどスタッフも他のお客さまも、静かに回遊する女の子をとがめだてせずになんとなく微笑みながら見守っているのが感じられました。上の写真は、コーヒーを飲み終えた両親がやってきて、小さなカメラマンが最後の1枚を撮影するのを眺めているところ。

Robert's Coffeeはヘルシンキからスタートしたコーヒーショップで、Webサイトによればフィンランド、スウェーデン、デンマークのほか、トルコとシンガポールにカフェを出店しています。イステクラール通りにはこのRobert's Coffee以外にもスターバックスや、ヨーロッパのあちこちでお目にかかるCAFFE NERO、日本にも進出しているGloria Jean's Coffeeなど、欧米のコーヒーチェーンが何軒も並んでいました。

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2009年1月 6日 (火)

喪服を着て

昨年の大晦日に、小学生時代から10年間にわたってお世話になったピアノの先生が亡くなり、今日、五反田の桐ヶ谷斎場で告別式がおこなわれました。

ご夫婦でピアノを教えていらして、亡くなられたのは奥さまのほう。お二人ともすでにご高齢で引退して久しいため、ごく少人数のひっそりした告別式になるだろうと想像していたのですが、実際には私のように訃報を聞いたかつての教え子たちがたくさん集まったのです。

棺の中に横たわった先生は、頭のてっぺんから足の先まで、みんなが手向けた数えきれないほどの薄紅色の花々で埋め尽くされました。花がお好きな先生でしたから、きっと喜んでくださったに違いありません。カーネーション、薔薇、スイートピー。すべて薄紅色か赤でした。花びらごしに、私はじつに数十年ぶりに先生の静かなお顔を拝見したのでした。ありがとうございました、どうぞ光の中へ軽やかに溶けていってくださいと、胸の内で話しかけました。

往年のレッスンは容赦なく厳しく、ある年などは、秋に学生音楽コンクールが控えているのに夏休みに2週間のヨーロッパ旅行に行くことを白状したらがっちり怒られ、旅行に楽譜数冊と紙製鍵盤を持たされたこともあったけれど、とても可愛がっていただきました。

その数年後、ピアノの道には進まないことに決めて最後のご挨拶にうかがったとき、先生がおっしゃった言葉は
「バッハだけは、会得したみたいね」。
それは私にとっては素晴らしいお褒めの言葉でした。

訃報を聞いたときには、ご高齢だから…と、諦念とさびしさと懐かしさが入りまじった安らかな悲しみのようなものを感じていたのですが、遺影のお顔を見たら、どこから湧いてくるのか涙がとめどなく流れて、もうどうしようもありませんでした。私がピアノの前で過ごした時間は長く、思い出はあまりにも多かったのです。

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2009年1月 4日 (日)

初日の出・初夢

Photo

2009年1月1日、大島・三原山からのぼる朝日。

伊豆大島での滞在予定を2日延長して、先ほど都内に戻ってきました。変化の多い年になりそうですが、2008年の最後に訪れたカフェも、2009年最初のカフェも、例年と変わらずZENでした。太平洋と富士山をのぞむカフェの窓辺に座り、店内のいくつかの小さな模様替えをみつけて楽しむのも毎年のこと。ALTECの存在感溢れる巨大スピーカーが響かせていたのは、バッハの無伴奏チェロ組曲。

初夢には谷川俊太郎が出てきました。なぜか谷川俊太郎の息子が発達障害のあるアーティストという設定で(大江健三郎と混じったみたい)、その息子が古いフランスの雑貨を集めたカフェを開いているのですが、夢の中に彼は登場しません。

私は開店前の静かなカフェのカウンターの中に立っています。自然な木の色調の店内。そこへ谷川俊太郎がやってきて、コーヒーの液体が入った四角いブリキ箱を壁にかけ、「ぼくはいつもこうやってコーヒーを淹れて、あとは息子にまかせるんです」と説明してくれました。

そのあとで、私は脈絡もなくイバラードに似た世界を旅しており、夢のように美しい雑貨ショップに立ち寄りました。実際に夢の中ですけれども。棚の上に何枚か重ねて置いてある小さな絵を眺めると、一番上の絵だけが風に吹かれたようにふわりと宙に浮かんでくるです。人の視線に反応して浮くようにディスプレイしてあるのだな、と感心しているところで目がさめました。

ちなみに大晦日の夢は、電車の座席に座っていると、フライパンを持った修道女が乗ってくるというものでした。フライパンの中には作りたてで湯気のあがる野菜料理。炒めた赤パプリカがおいしそうだなと思って見ていると、次の駅では両手にフライパンを持ったイスラム系らしき労働者ふうの男性が乗りこんできました! 彼の2つのフライパンでも、お料理が湯気をあげていました……。

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2008年12月30日 (火)

帰省していました/帰省します

毎年恒例の、どちらの実家にも帰省する移動シーズンになりました。今年はひとあし先に私の実家で過ごしてきて、今から夫の実家・伊豆大島に行ってまいります。

これもまた恒例のことで、どちらの両親も「今年は無理をして帰省せず、ふたりで海外旅行にでも行ってくれば?」と言ってくれるのですが、行かなければ彼らがちょっとさみしい年末年始になることは目に見えているので、毎年あわただしい往復を繰り返しています。

トルコを旅していたら、生きたいように生きていいのだという想いが湧いてきて、来年はさらに思いつきを大切にしようと思いました。本当に、計画性とは縁のない生きかたです。2009年が良い1年でありますように。どんなできごとに遭遇しようと、心の中にいつも光がありますように。

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2008年12月25日 (木)

Silent Night

Istan

なんて静かな聖夜。

夫と私は例年のように街に出てレストランで夕食をとり、バーで締めくくりましたけれども、街は不思議なほど静かでおだやか。景気のさらなる冷え込みという理由も当然あったに違いないのですが、そればかりではない、別次元の快い沈黙のようなものが夜の街を包みこんでいました。

もちろん聖夜にも悲劇は無数に起こり、孤独や絶望を噛みしめる人々も少なくなかったはずですし、どんなハッピーな人でも24時間幸せでいることは難しいのですが、そのような人間界の喜怒哀楽のすべてを祝福するような慈愛に満ちた静けさが、なぜかすぐそばに感じられました。

(写真はイスタンブールの夜景。地平線に全部で3つのモスクを数えることができます)

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2008年12月23日 (火)

Opening the Gate

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  (画像をクリックすると大きめのサイズでご覧いただけます)

明け方のカッパドキア。空が白み始めるころに熱気球に乗りました。朝日とともに天に昇っていく気球。

旅の醍醐味は、それまでに感じたことのない感情を体験すること。緩い起伏が地平線まで続いているアナトリアの丘陵地帯がもたらしたのは、どこまでもどこまでも馬を駆って、凍てついた火山灰の大地を疾走したいという強い感情でした。

そのとき、刺すような冷気をいっぱいに吸いこんで、馬上の私の肺や心臓は爆発しそうに躍っているでしょう。疾走する馬は背中から湯気をたて、たてがみから輝く汗を飛び散らせるでしょう。想像しただけで鼓動が速くなり、疾駆する喜びが全身を浸していきました。

※いまふっと思い出したのだけれど、トルコ人の現地ガイドQさんが、カッパドキアとはペルシア語で「美しい馬の国」を意味すると教えてくれました。

この旅行の途中で数秒間、心臓のあたりがなにかしら物理的に小さく開かれたような感覚をおぼえて、あ、なにか扉が開いたような…と思ったのですけれど、なんの扉だったのか今はまだよくわかりません。気のせいだったのかもしれません。

旅の体験が熟成され、その輪郭がつかめるようになるのは、たいていは何年か過ぎてからのことです。かつてスリーカードが揃って出かけた瀬戸内海の島々をめぐる旅などは、3年後に「じつは、こういうことでした」という予期せぬ裏スリーカードが並べられてびっくりしましたっけ。

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2008年12月19日 (金)

アヤソフィア=聖なる叡智

Ayasofya

  (画像をクリックすると大きめのサイズでご覧いただけます)

4世紀、コンスタンティノープルの地にキリスト教の大聖堂として建設されたアヤソフィア(聖ソフィア寺院)。天井に描かれた聖母子像に射しこむ真っ白な光に、強い印象を受けました。

5世紀には争乱のため焼失、再建、6世紀には地震のためアーチの一部が崩壊、修復、10世紀にもまた崩落、修復……と、何世紀にもわたって手厚く保護され、聖なる空間でありつづけた建物。

アヤソフィアはその美しさのために、オスマン帝国がコンスタンティノープルを占拠した後は、そのままイスラム教の寺院として転用されることになります。十字架を撤去し、聖堂の周囲には4本のミナレットを建立してモスク仕様に。

キリスト教徒たちが、そしてイスラム教徒たちが、1600年以上にわたって祈りを捧げ続けた空間。天井の聖母子像は、無数の声の遠い残響にゆらめいているようにも見えました。

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2008年12月16日 (火)

イスタンブールから戻りました

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  (画像をクリックすると大きめのサイズでご覧いただけます)

カッパドキアの岩窟群。
近景の岩壁にはかつて人々が住みついた窟に穿たれた窓が点在し、夕陽に照らされた遠景には、塔のような洞窟住居と溶けあようにして、現代の人々が暮らす街がひろがります。

この地方では、どこまでが過去の遺跡でどこからが現代の住居なのか、境界線を引くことがむずかしい町に幾つも出会いました。
岩窟と建築物が渾然一体。まるでしめじの根元に小さなしめじが群生していて、どこから“いしづき”として切り落としていいかわからないように。

ここでは、時は過ぎ去らず、複雑なマーブル模様に渦巻きながら堆積しているようです。迫害を受けて岩窟に隠れ住んだキリスト教修道士たちの姿が、岩陰にふと見えてもさほど不思議ではないような。

右手の岩肌が白いのは、雪が積もっているのです。

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2008年12月 4日 (木)

うっかり可愛くなってしまうオステオパシー

ここ数ヶ月お世話になっている飯田橋のオステオパシーには、思わぬおまけがついてきます。施術の内容は毎回違うのですけれど、頭蓋骨の調整をみっちりしていただいた回には顔が小さくなり、ついでに、むやみに可愛くなってしまうのです。

オステオパシー施術の直後は、腕や肩の動きがどれくらいスムーズになったかに気を取られていますから顔まで意識しないのですが、そのあと神楽坂まで足を伸ばし、メゾンカイザーのカフェに座って何気なく壁の鏡を眺めたら、日ごろむくみがちな頬はほっそり整い、お肌はほんのり上気して薔薇色、瞳はきらきら! 別人のようです。

なんて、無駄に可愛い!…と目をみはりました。だって、そのあとは帰宅してPCの前で仕事の続きにかかるだけですもの。いつになくチャーミングな私の顔を披露できる相手はPCと夫だけです。夫はすでにいやというほど私の魅力(と、ひどさ)を知っていますから、いまさらアピールしなくても。

この効果を最大限に活用できそうなのは、写真でしょうか。もし次に「著者近影」を撮影する機会があったら、必ず直前にオステオパシーを受けようと心ひそかに決意しました。

頭蓋骨を調整するのはとてもデリケートで精緻な作業です。むかし、銀座ではじめて施術を受けたときには、ただ施術者が私の後頭部を両手で支えているとしか感じられませんでしたっけ。
当時は私もかしこまっていて、「いま、何がおこなわれているのですか」と尋ねることができなかったのですが、現在では先生が優しいこともあって遠慮なく質問してしまいます。

先生によれば、頭蓋骨はたえず微妙に膨らんでは収縮する運動を繰り返していて、それはあたかも海中を漂うクラゲのような名状しがたい動きなのだそうです。先生の手は頭蓋骨のかすかな動きを感知して、微調整をおこなっているのですって。

解像度にたとえれば、私の手の感覚は72dpiくらいしかなく、大きな刺激でないと感じないけれど、訓練を重ねたプロの手は720dpiの精度を獲得しているのでしょうね。ピアノ調律師の耳が、ふつうの人にはわからないほんのわずかな音程のずれを聞き分けるように。

そのような施術を受けてどうなるかと申しますと、私はいつも頭蓋骨調整の途中で、両膝からつま先にかけて、さらさらと“気”のようなものが流れ始めるのを感じます。体内で滞っていた何かがすんなりと循環し始めるのでしょう。こわばった表情筋も自然にほぐされるおかげで、ついうっかり可愛くなってしまうようです。

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2008年11月27日 (木)

ルフトハンザ/アエロフロート

懸案のイスタンブール~カッパドキア旅行は、もろもろの予定を考えあわせると今年12月に行くしかないことがあきらかになり、昨日、旅行会社で添乗員つきツアーを申し込みました。
団体旅行は大の苦手ですが、トルコ語は「はい/いいえ」さえもまだ覚えていないとあって、今回は観念して紛れこむことに。

第1希望のツアーはルフトハンザ航空で行く8日間。
「すでに募集は締め切ってしまいましたが、旅行代金を本日中に全額お支払いいただくという条件で、現地担当者にかけあってみます。だめだった場合は第2希望のツアーに」
ということで、翌日の回答待ち。

第2希望のツアーはアエロフロートで行く9日間、残席2つ。ツアー内容じたいは第1希望とさほど変わらないのですが、ルフトハンザとアエロフロートという、ある意味で究極の分かれ道が…。

アエロフロートには2度ほど乗ったことがあり、CAの方々が決して言われているほど無愛想ではないことは確認済みなのですが、おそらく座席ごとにパーソナルテレビが付いている確率が低いという大きな問題が。私は機内では眠れない、読書ができない、にごった冷気の循環で微妙に頭痛がしてくるという困ったたちなので、十数時間のあいだ映画とワインで気を紛らわせるしかないのでした。

朝いちばんに旅行会社から回答の電話。
「第1希望がお取りできました!」
フランクフルトかミュンヘン乗りつぎのイスタンブール行きです。映画とビールの楽しいフライト!

昨日は仕事上でもうひとつのプロポーズと回答待ちがあり、望んでいた素敵なお返事をいただけたので、1週間分の幸運を使い果たしてしまったかと不安だったのですが、幸運は世界中にたっぷりと存在していて、使っても減ったりしないようです。

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2008年11月26日 (水)

『おくりびと』…喫茶店に住む

納棺師がおこなう喪の仕事。故人のためというよりは、遺族の心を癒すために。
様式美にのっとった納棺師の端正な手さばきが、魂の去った亡骸に最後の尊厳を与えています。

三連休中に『おくりびと』を観ました。小山薫堂による脚本は、重すぎず軽すぎず心地よい温度に保たれて、ウェルメイドと呼ぶにふさわしい世界をつくりあげていました。

本木雅弘の控えめなトーンの演技や、もともと持っている端正なたたずまいが納棺師という職業にまことにふさわしく思われましたが、後日、この映画の発端は彼自身のアイディアだったと知ってさすがに驚きました。

日常的に死というものにじかに触れる人々は、仕事のあとで、食べる食べる! それもお肉ばかりを。
死者はもはや何も口にすることはないけれど、生きものは生命を食べて生きていかねばならない……という覚悟の最もわかりやすい例が、炭火で炙って塩をふったフグの白子。生命のかたまり。

「うまいんだよな、困ったことに」

納棺師の先輩、山崎努のひとことが耳に焼きつきます。なにしろ彼はことさら強調するように音をたてて、白子をすすりあげてみせるのですから。

山盛りのローストチキンは、もちろん骨をしゃぶりつくして。はじめての納棺の仕事のあとで鶏肉を見て吐いていた本木雅弘も、仕事が板についてくると、長いバゲットをわしずかみにし、その上に赤い刺身をのせてかじりついているではありませんか!
仕事中に冷たい遺体に触れ、灰色の皮膚を拭き清めてきた両手は、そのように激しく肉食することで生者たちの日常生活の中に帰還するのかもしれません。

…と、あいかわらずスクリーンの中で人々が食べている光景に目が釘付けになってしまうわけですが、カフェ好きとしては、『おくりびと』が喫茶店に住む映画だという側面にも注目せざるをえません。

正確には「もと喫茶店だった一軒家に住む映画」ですね。おそらくは名曲喫茶のたぐいだったのでしょう。残されている古いレコード群、ちょっとした舞台のようなコーナーに置かれたスピーカー。名曲喫茶のあとでスナックとして使われたために、雑然とした生活感が加わって。

大きな三角テーブルの上に並べられる、若い夫婦二人分のごはん。それはなかなかに居心地の良さそうな空間なのでした。

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2008年11月25日 (火)

珈琲はんこ@オルネ ド フォイユ

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青山のフランス雑貨店オルネ・ド・フォイユで開かれているCOFFEE FESTIVAL 2008。三連休中に足を運んだら、店内のあちこちで「もしかして川口さんでは…」と声をかけられました。この日いらしたお客さまの中に、見知った顔がいくつもあったのです。

目当てはもちろんオオヤミノルさんのコーヒー屋台だったのですが、お店を出るときには、なんだかお買いものがいっぱいに。イラストレーター日置由香さんの絵を購入したり(これは会期終了後に取りに行きます)、コーヒーはんこを購入したり、コーヒー豆をかたどったピンバッジやら、王冠を刺繍したリネンやら…こまごまとした楽しいものたちで雑貨欲を満たしました。

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はんこは、左の2つがカフェとコーヒーカップのセット。右の小さな茶袋を開けたら、ほんもののコーヒー豆がひとつと、同じ大きさのコーヒー豆を彫ったはんこが現れました。
茶袋は口を止める部分が焙煎豆を入れる袋とそっくりに作ってあって、こんな細かな部分まで…と、コーヒーごころ(?)が揺さぶられたのです。

コーヒーフェスティバルは今月末、11月30日(日)まで。札幌の森彦、徳島のaalto coffee、名古屋のコーヒーカジタなど全国の名店のコーヒー豆も販売されています。

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2008年11月21日 (金)

体の中の別人が語る来年のこと、メゾンカイザー、九里九馬

牛込神楽坂の駅近くに今週オープンしたメゾンカイザー。小さな白い丸テーブルが4つ並んだカフェスペースで、野菜のバゲットサンド(\499)とポットサービスの紅茶(\500)をいただきました。サンドにはお好みでオリーブオイルをプラスしてもらうこともできます。

その帰りに購入したのが、おなじみバゲットモンジュと、紅茶のエクメックと、やっと名前を覚えることのできたキュルキュマ。これはターメリック入りの黄色くて丸いパンで、大粒のヘーゼルナッツやクルミがかりりと香ばしいのです。

キュルキュマはフランス語でターメリックのことだそうですが、京都の町家カフェ、九里九馬(くりくま)と語感が似ているので記憶が混乱するのでしょう。九里九馬が久里浜や九十九里浜のカフェじゃないことがせめてもの幸い。

キュルキュマをつまみながら考えていたのは、来年の夏の終わりまでのおおまかな流れのこと。先日のブログに書いた体の声を聴く達人のMさんは、私の背骨に触れながらこんなことも読み取っていたのです--「今後のプランがいろいろとあるみたいですね!」

まさにこの11月は、来年秋までに生み出される予定の2冊の本づくりが、それぞれ関係者の顔ぶれが揃ってスタートをきるというタイミング。あの本はこうしたい、この本はこんなふうに…とさまざまなイメージが、お湯を注がれた新鮮なコーヒー粉のように頭の中で膨らんでいるところなのでした。

来春出版予定の本の関係各位にむかって、「私は3月にはイスタンブールの旅に出ますので、スケジュール通りに美しく進行しましょう!」と宣言してしまったので、自分の仕事がいちばん遅かったなどということにならないよう気をつけなくては。

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2008年11月19日 (水)

体の中の別人

頸椎症は亀のようなのろのろした歩みではありますが、快方に向かいつつあります。週末に体の声を読み解く達人のMさんに、表参道のセッションルームで身体全体をゆるめてもらいました。“肉体的ストレスでいっぱいいっぱい”状態の体は、彼女にむかって私に聞こえない声でいろいろとおしゃべりしたようです。

「川口さんは自分のしたいこと、好きなことが、はっきりわかっていらっしゃるんですね」と、仙骨のあたりに軽やかなタッチで触れながらMさん。体の癖と人生とは分かちがたく結びついているもので、体の各部位が持つエネルギーの特徴は、その人の生き方の癖を如実に物語ります。

「ある程度まで自己実現を達成してきたから、精神的には充実しているはず。でも、ひとつだけ、あきらめかけていることがあるみたい…ここに溜まってしまったエネルギーが、『もういいの、私のことなんかほっといて』と言っていますよ(笑)」

むむ、そういうことまで、ばれてしまうのですね。事前に私自身に関する情報を伝えたわけではなく、職業も精神状態も日ごろの生活もいっさい話していないのですが、Mさんには予備知識はさして必要がないようです。この体が、本人の意識にのぼらないことまで勝手にしゃべってしまうらしいので。これからは体の中の別人「すねてしまった娘」の声に耳を傾ける生活を心がけ、いつかにこにこ笑ってもらうようにしなければなりません。

「それにしても、本当にいい波を持っていらっしゃるんですね。人によっては、いくらサーフィンしたくて海に入っても、全然波が来ないという人がいるんですよ。川口さんはサーフボードを持って海に入るたびに、ちょうどいい波が来る人」

それはなんと幸運な。しかしもちろん、人間はいい波に乗るだけでは生きていけないもので、体はあちこち固まってしまって大変です。オステオパシーと星状神経節ブロック注射のおかげで、なんとか電車の吊り革が持てるくらいには回復してきたものの、まだまだジャケットをはおるのに2、3分間もがかねばなりません。

いつも、レストランのクロークでお店の人がコートを着せかけてくれるサーヴィスを面倒だと感じていましたけれども、あれは頸椎症および四十肩の女性が、人前でもがきながらコートをはおらなくてすむように、という美しい配慮なのですね。

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2008年11月18日 (火)

222Operaおじさん

YouTube上の私のアイドル、それはアメリカ在住のオペラファン、「222Opera」おじさんです。

深夜にテンションを上げたいとき、よく三大テノールが歌う有名なアリアや、フニクラ・フニクラやチリビリビンなどのお気楽で高らかなカンツォーネを聴くのですが、ふとYouTubeでFuniculi Funiculaを検索してみたら、222Operaおじさんが2人のお友だちと大きな人なつこい犬をしたがえて歌う、それはそれはチャーミングなフニクリ・フニクラに遭遇したのでした。

おじさんはこの調子で100曲以上のカンツォーネやオペラのアリアを録音していて(ここで一覧が見られます)、モーツァルトからヴェルディ、プッチーニ、クルト・ワイルまで幅広いレパートリーを聴かせてくれます。上手なピアノ伴奏は女性のお友だちが担当しているよう。

PC上で写真データ整理をしながら、おじさんの動画リストを適当にクリックして楽しんでいたら、おじさんが金色と黒の変なかぶりものをして『清きアイーダ』を熱唱しはじめました! 将軍ラダメスのつもりです! 油断していたので、飲もうとしたヴァンショーにむせそうになりました。

シュトラウスの『サロメ』各曲では、おじさんのお友だちもみんなかり出されて、なんだか大変なことになっています。なんて楽しそうな人たちなんでしょうか。

完成度が高い作品のひとつは、おじさんがベッドの上で悶えながら歌いあげるトスティの『Vorrei morire!(死なまほし)』。けっこう練習を重ねたと見えて、音程もそんなにふらつきませんし、途中で小道具を取り出すタイミングも完璧です。演出上の傑作は、ワーグナーの『ラインの黄金』。おじさんが黒い水泳パンツを穿いて、室内プールで歌っているのです。

この素敵なおじさんを見ていると、オペラのアリアがみんなの大きな鼻歌として愛されてきたということがわかりますね。

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2008年11月12日 (水)

旅のスリーカード:イスタンブール

旅の目的地を決定するためのルールは、ポーカーのように、「同一カードが3枚集まってスリーカードができたら」。

今年7月に私の手元にまわってきたカードの1枚には、イスタンブールと書かれていました。見えないものが見えてしまうアロマテラピストが、「川口さんがイスタンブールの市場で、『どうしてこんなところまで来て、コーヒーの味がうんぬんと言ってるんでしょう』と言いながらコーヒーを飲んでいる姿が見えます」と言うのです。

そのときはあまりにも現実感がなかったので笑ってすませたのですが、翌日に夫の実家・伊豆大島に帰省すると、いきなり2枚目のカードが配られました。三原山の山頂のカフェでランチを食べようとしたら、お店のマスターが「あれ? もしかしたら川口さんじゃないですか?」と夫に向かって声をかけてきました。なんとマスターは、夫の中学生時代の野球部仲間だったのです。20年ぶりの再会。

「奥さん! ご主人が野球してる姿を見たことある? だめだよ、ご主人の一番かっこいい姿を見とかなくちゃ」
彼はそんなことを力説したのですが、私は自分が『奥さん』と呼ばれたことが珍しくて、ただ笑っていました。そうして、マスターの人生がある日突然一変してしまった話などを聞いているうちに、 彼がいきなり言いだしたのです。
「川口さんも変な場所に旅行に行ったほうがいいよ。イスタンブールとか!」

なぜ、例がイスタンブール!

3枚目のカードはいつ、誰が配ってよこすのかしらと思い、まわりの人々に「いま、ツーカードが揃ってね…」と話してみました。みんながよってたかって「じゃあ、私が言ってあげます」とイスタンブールに行けと連呼してくれましたが、もちろんこういうのはカウントしません。

9月に御茶ノ水の日本茶カフェ、nana's green teaでランチしている最中に、隣に座った20代の女性ふたりが海外旅行のパンフレットをたくさんひろげて、旅の相談を始めました。

「スマトラっていう案もありかな?」
「だめだめ、そんなとこ、なんにもないよ」
「じゃあやっぱり、イスタンブールに決まり?」
「そうだよ、私、イスタンブールに友達いるしさ。それでもツアーの方が安いから、ツアーにしようよ」

ふたりは隣で私がしずかに驚愕しているのも知らずに、イスタンブールツアーの日程を決めていったのでした。やれやれ。スリーカードが揃ってしまったからには、1年以内に行かねばなりません。本当は忘れてしまおうかと思ったのですが、急に円高がやってきて、海外旅行だけは出かけやすくなったようです。

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2008年11月11日 (火)

プラスワンリビング、馬喰町ART+EAT

発売中のインテリア誌「PLUS 1 LIVING(プラスワンリビング)」のvol.57に、『カフェとうつわの旅~あたらしい和のかたち』の著者インタビューが掲載されています。

インタビューがおこなわれた場所は、『カフェとうつわの旅』の中でご紹介した美しい空間、馬喰町ART+EAT(ばくろちょうアート・イート)。小野哲平さんなどの力強い、土の匂いのするうつわがお好きな向きにはたまらないギャラリーカフェです。種類は決して多くないけれど、お料理もすばらしい!

この馬喰町ART+EATの1周年を記念して開かれた「ごはんのうつわ展2008」の特別イベント、西荻窪のらぼうの料理人明峯牧夫さんを招いた「のらぼうごはんの会 東京で土を想う」に参加しました。
摘みたての野菜料理と、ふだんはもくもくと料理作りに集中していらっしゃるという明峯牧夫さんの貴重なお話を堪能してまいりましたので、ちかぢかAllAbout[カフェ] でお伝えしますね。それは本当に、人を感動させる一皿だったのです。

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2008年11月10日 (月)

MOLEKSKINE シティノートブック・エキシビション開始

MOLESKINの東京版シティノートブック発売を記念したエキシビションが、本日11月10日から始まりました。

Kimg_citynote参加アーティストと展示会場の一覧はMOLESKINのこちらのページ。各アーティストの作品が1見開きぶん掲載されています。俳優・浅野忠信さんの創った手帳が、いかにも彼ならではの世界を物語っていて目をひかれました。

私の手帳は11月30日まで有楽町マルイに展示されたあと、他の会場に移動されます。

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2008年11月 8日 (土)

オステオパシーでトラウマ・リリース

2泊3日で日立の実家に戻って、ごちそう攻撃を浴びながら、地元で開業しているオステオパシー・ドクターの治療を3日連続で受けました。それがなんと偶然にも、探していたドクターだったのです!

10年ほど前に、肩こり解消のため銀座のカイロプラクティック&オステオパシーに通っていたのですが、副産物として、高校生時代からずっと持病のようなものだった、午前中はうっすら気持ちが悪いという症状がすっかり治ってしまい、たまに私につきあって腰痛解消のために通った夫も、ひどい花粉症が完治するという奇跡のようなおまけが。からだ全体の調子が良くなることで、免疫系も復活したのですね。

現在悩まされている頸椎症の治療もぜひここの先生がたにお願いしたいと考えたのですけれど、久しぶりに連絡を取ろうとすると、先生がたは解散・独立してみなそれぞれにご自分の治療院を開設してしまった様子。
今回、実家のすぐ近くに優秀なオステオパシー医がいると知って訪ねてみたら、なんとその銀座で活躍なさっていた先生でした。探していればご縁はちゃんとつながるものですね。

固くブロックされた両肩は「いちばん治しにくいパターン」と先生に苦笑されつつも、動きにくさを半分ほどに軽減していただき、ここでもまた素晴らしいおまけをいただきました。

先生は内臓マニピュレーションという技法の講師として東京で指導もなさっているそう。日本でこの講師の資格を正式にアメリカから取得しているのは、この先生を含めて2人だけなのだとか。
その内臓チェックの一環でしょうか、私のみぞおちに軽く手を当てた先生は、「ここにトラウマがありますね」とおっしゃるのです。

「感情のトラウマじゃなくて、身体的なものです。以前、交通事故に遭われましたか? 横隔膜にトラウマが残っていて、緊張して固くなってしまっていますよ」

事故や大怪我のたぐいは一度も経験したことがないので首をかしげたのですが、先生が私に深呼吸させながら、なにやらみぞおちを押したり引いたり(?)すると、いきなり呼吸がふっと楽になりました。

そういえば20年も前のことですが、椅子の上にのって高いところにあるものを取ろうとして、そのまま後ろに倒れ、したたかに腰を打って3秒間くらい息ができなくなったことがありました。
「ああ、それですね!」と先生。

その夜、布団のなかであおむけになって、吸った息がおなか深くまで入っていくことを実感して感動してしまいました。アロマテラピーを受けるたびに呼吸の浅さを指摘されていたのですけれど、あまり自覚症状がなかったのです。

横隔膜をゆるめてもらうと、こんなにたくさん吐いたり吸ったりできるんですね! それはもう、生きているのがちょっと楽になってしまうほどの違いです。

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2008年11月 1日 (土)

星状神経節ブロック注射

ペインクリニックで星状神経節ブロック注射というものを受けました。大きな注射器には驚きましたが、あおむけに寝て、のどもとに注射されると知ってさらに驚愕! 

「初めてだと怖いでしょう…はい、針が入りますよー…背中にずーんと響きますからね…」

先生がそう言いながら注射をした時間は、正味10秒くらいだったはずなのですが、心理的には30秒以上、しかも注射されているというより、ジョーズに頭をがぶりと噛まれて、鋭い歯がのどと背中に食い込んでいるような感じでした。

「20回をワンセットと考えてくださいね」と先生。あと19回…。3の倍数の回にはアホに噛まれ、5の倍数の回は犬に噛まれているつもりで受けたいと思います。

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2008年10月30日 (木)

コピ・ルアックを飲んで

かもめ食堂』好き方々には魔法の呪文として、コーヒー好きの人々には珍しい豆の一種としておなじみのコピルアック。本物のコピルアックを飲む機会はなかなかないだろうと思っていたら、外苑前の焙煎ショップLumba Mia(ルンバミーア)さんが貴重な豆を送ってくださいました。

宅急便を受け取り、密閉された豆袋を開けたとたんに、素晴らしい香りが一気にひろがりました! さっそくドリップしてみると、香りは力強く、風味はやさしく、なんとも不思議な魅力のあるコーヒー。インドネシアの舌の肥えたジャコウネコ君たちがせっせと消化吸収しようとしただけのことはあります。

稀少な豆だけに、お財布に余裕がないとなかなか購入できないのですが、Lumba Miaに行けば、このコピルアックの焙煎豆を店頭で挽いて、しっかりハンドドリップして、1杯500円でいただけるそうですよ。コピルアックの詳細はLumba Miaのブログをご覧ください。

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2008年10月28日 (火)

ワニは立ったまま眠る

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ぴくりとも動かずに、立ったまま、眼を開けて、熟睡していらっしゃるワニのかたがた。

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こちらは3匹で束になって立ち寝。バナナワニ園を見て回っているうちに、夫はアリゲーターとクロコダイルの違いについて、むやみに詳しくなってしまいました。

Onsen_01月曜日の朝から、ふたりで熱川の温泉旅館に泊まっていたのでした。

「近場で、とにかくお風呂に入ってごろごろして、またお風呂に入ってビールを飲んでごろごろできれば、どこでもいいんだ!」という夫がJTBで予約していた、自家源泉かけ流しが自慢のお宿。

貸し切り露天風呂の気持ちいいこと! 伊豆大島の島影が正面に見えて、声をはりあげて手をふれば、義父母が気がつくかもとさえ思われました。

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この土地は金目鯛天国。昼食に入った魚料理専門店「錦」でも、丼のほかに金目鯛の煮付けを注文して、ビールとともに至福のひとときを過ごしました。でも、金目鯛の最高の食べ方は一夜干しだと思います。なにしろ皮がおいしいので、旨味が凝縮された一夜干しを軽くあぶると、皮の香ばしさが最大限に引き出されるのです。

Onsen_04 静かなしずかな、温泉郷の真昼。

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2008年10月27日 (月)

「ホットコーヒー、心も温める可能性=米研究」

エール大学のジョン・バーグ教授らが「サイエンス」誌に発表したところによれば、身体的な暖かさと心理的なあたたかさは密接に関係するとか。Yahoo!の海外ニュースで読みました。

「1杯のホットコーヒーによって、あたたかな気持ちになれる可能性がある」

珈琲好きの人々にとっては、なにを今さら!な結果ですね。実証実験は、被験者にホットコーヒーまたはアイスコーヒーをしばらくのあいだ持ってもらった後、第三者に関する情報を与えて、その人の性格特性を判断させるなどの方法で行われたそうです。

バーグ教授によれば、「身体的に暖かいと、われわれは他人をより心があたたかい人だと判断し、またわれわれ自身も他人により寛大になったり他人を信じやすくなるなど、心があたたかくなる」。

…たぶん「あたたかい」というのが重要なポイントで、これが「あつい」となると事情はまったく違うのでしょうね。暑いさなかに熱すぎて飲めないコーヒーなんか持たされたら、初対面の親切そうな人にも、ちょっといらいらしてしまいそうです。

オリジナルは「With Hot Coffee, We See a Warm Heart」。

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2008年10月23日 (木)

ふりかける静岡

友人の強運のおこぼれにあずかり、紀伊國屋サザンシアターの最前列!で春風亭昇太師匠の素敵なバカ落語を聴くことができました。そのあと、夕方5時から友人が予約してくれていた居酒屋で、初めての静岡ワールドに浸ってまいりました。なかなかの人気店のようで、地階の小さな店内はすべて予約済み。1ヶ月も前から予約している人々もいるのですって。

名物は「静岡おでん」。イワシのすり身でできた黒っぽい板状のつみれ、大根、鶏皮、たまごなど6、7種類が、全て串に刺さっているのです。おでんに添えるのは、かつおぶしベースのふりかけ! 初めての食べかたでした。

Oden

店主によれば、このおでんは静岡県全域で食べられているわけではなく、あくまでも静岡市限定。お母さんが子どもたちにカルシウムをたっぷり採らせようとして、おやつに黒いイワシおでんを与えるのだとか。

店主ひとりで切り盛りしているので、お客さまは自分でおでん鍋の前に行って、勝手におでんを取ってくるシステム。お会計は自己申告制です。

Oden2驚いたことに、サラダのトッピングとしても、ふりかけを薦められました。このサラダもまたお客さまが自分で冷蔵庫から取り出すのですが、ドレッシングの瓶などとともに、永谷園の梅干し茶漬けの小袋が置かれているのです。

レタスや水菜の上から、梅干し茶漬けをぱらぱらとふりかけると新鮮なアクセントに。店主によれば、ドレッシングと併用しないのがポイントです。
静岡市の料理はとにかくふりかけるのだ!……と発見した一夜。

飲みもののメニューの一番下には「自動販売機」と書かれていました。ソフトドリンクはお店の外の自動販売機で買って持ち込んでもいいのです。

お店の目印は、古い薪ストーブです。そして、静岡にふる正しいルビは、「しずおか」ではなく、「しぞーか」です。

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2008年10月21日 (火)

大琳派展、風神雷神Bears

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東京国立博物館にて、お待ちかねの大琳派展。裕福な町衆文化の豪奢な金銀パワーが、現代人の自意識の袋小路のようなものをかるがると飛び越えていて、気持ちいいことこの上ありません。そして、金持ちの道楽のためだろうとなんだろうと、そこには紛れもない天才の遺した作品が輝きを放っていました。

展示の目玉は“本歌取り”で描かれた同じモティーフの作品群が集められていて、オリジナルと変奏のそれぞれを比較観賞できること。宗達以降の4人の作家が描く4種類の風神雷神図がその白眉です(ただし、入れ替えがあるので4作がすべて揃うのは10月28日から)。
模写に洗練を加えて受け継がれていく風神と雷神のすがた。また、光悦の黒楽茶碗や光琳の手箱などもじっくり眺めることができました。

カーサ・ブルータスの琳派特集の中に、本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳、尾形乾山、酒井抱一、鈴木其一の6人を現代美術デザイン上の呼び名でわかりやすく解説するというページがあり、本阿弥光悦=慧眼のアートディレクター&プロデューサー、俵屋宗達=謎に満ちたグラフィックデザイナー、尾形光琳=卓越したセンスのデザイナー、尾形乾山=真面目なプロダクトデザイナー…のような見立てがおこなわれていたのが興味深く、ざっと立ち読みしただけでもこれだけ記憶に残りました。しかしもちろん、これらは便宜的な、ある一面の切り口にすぎません。

私には俵屋宗達だけが別格に感じられました。あの突き抜けたエネルギー、大胆な発想、自由で痛快な筆致。

Rinpa_02

ミュージアムグッズの傑作は、奇怪な風神雷神ベア! ほかに尾形光琳の八橋蒔絵箱をかたどった缶入りクッキーというのもありましたが、どうせなら缶の中身はクッキーではなくて、八つ橋にすれば完璧でしたね。

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2008年10月15日 (水)

お米を拾う老人(for Blog Action Day 08)

そのとき小学4年生か5年生だった私は、寒くないようにと母に無理やり着せられたセーターや紺色のダッフルコートですっかり着ぶくれしていました。

記憶の舞台は、夕暮れどきのバスの停留所。なかなか来ないバスを待つ人々が7、8人立っていたでしょうか。

私はピアノのお稽古の帰りで、いつものように停留所の横のプラタナスの樹に寄り添って、幹の表面にできる面白いかたちをした“かさぶた”をはがすのに熱中していました。私の心づもりではプラタナスを助けてあげる行為だったのですが、プラタナスのほうではさぞ迷惑していたことでしょう。

なにげなく振り向くと、白髪を風に乱した老人がひとり、車道の端をおぼつかない足取りで歩きながらバス停に近づいてくる姿が目に入りました。老人は歩道に上がろうとした瞬間に段差につまづき、歩道の敷石の上に倒れました。その拍子に、なにか白いものが地面にぶちまけられたのです。

みんながいっせいに老人に注目しました。飛び散ったのは米粒でした。老人は上半身を起こし、歩道の敷石に膝をついて、弱々しい手で米粒をかき集めはじめました。そして、手に提げていたらしい透明なビニール袋の中に、少しずつ米粒を戻していったのです。

ひとりで食べるなら4、5日分のお米の量でしょうか。しかし、拾う作業はなかなかはかどりません。なにしろ米粒は小さくて、歩道の割れ目にもたくさん入り込んでいましたし、老人が両手で敷石を丹念にこするように集めると、お米以上に砂埃や枯葉のかけらも拾ってしまうのです。

バス停に並ぶ人々は、誰も身動きしませんでした。見てはいけないものを見てしまった……そんな空気が漂い、みな老人を横目でちらちら見ては、ゆきかう車の流れに視線を戻すことを繰り返しているようでした。拾うのを手伝うことで老人の自尊心を傷つけると考えたのかもしれないし、ただ、その痛ましい光景に動揺していたのかもしれません。あるいは、その惨めさに感染したくないと思っていたでしょうか。

私はといえば、あまりにも衝撃を受けて心臓の激しいドキドキが止まらなくなり、頭の中には「どうして?」と「どうしよう?」だけが渦巻いていました。あの人はいったいなぜお米の入ったビニール袋など提げて歩いていたの? 誰かの家で分けてもらったもの? あの人は貧しくてお米が買えない? 

老人は黙ったまま、米粒も砂埃も何もかもいっしょくたにビニール袋に入れては、またかき集めるということをひたすら繰り返していました。私にとってもその姿は、まともに見つめてはいけないものでした。

記憶には、そのシーンから先が存在しません。あのとき、世界は不意に真っ黒に塗りつぶされたように感じられました。なによりも黒くなってしまったのは私の心。どうして、と、どうしよう、は解決されない深い傷として私の中に残り、何十年を経ても、記憶の底から浮上してくるたびに新たに心をえぐるように思えます。

* * *

人間は目の前に苦痛に満ちた人間がいると、自分も同じように苦痛を感じてしまう動物。それはどうやら本能的なもので、脳科学ではミラーニューロンという言葉で説明が試みられています。また逆に、他者を喜ばせることで自分も喜びを感じるように脳の報酬系ができているのですって。

老人と子どもが危機的な状況にある姿は、とりわけ動悸を激しくさせるものです。一昨年、共感できるNGO組織をみつけて、毎月ほんのわずかな金額ですけれど募金が継続的に振り込まれるように手続きをしました。その金額で毎月、カンボジアの子どもが7、8人、小学校に通えるのです。飢えなくてすむためには、最低限の教育を受けて仕事を得るだけの力を身につける必要があるそうです。

もちろん、こういうことをするたびに、偽善にすぎないとか、単なる自己満足とか、経済の構造が変わらない限り何の解決にもならないという考えが必ず頭をよぎるのですけれど、あの募金によって世界の中でだれかひとりが、真冬の歩道にうずくまって米粒を拾わなくてもすむようになるなら、偽善だってけっこう!と自分を励ましています。

* * *

Niftyのココセレブ担当者から、10月15日はBlog Action Dayで、世界中のブロガーが同時にひとつのテーマを取りあげ、なにかしらムーヴメントが起こせるかどうかに挑戦しますというお知らせが届いて、今年のテーマは「貧困(Poverty)」だということでしたので、迷いながら苦しい記憶を書いてみました。まだいろいろなことについて、書いたことの是非を迷っています。

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2008年10月14日 (火)

10月の不思議

Suirenとうに花の季節が終わったはずのベランダの姫睡蓮。
また来年の夏ね…としばしの別れの挨拶を済ませていたのに、なぜか10月12日の朝、窓をあけたら鉢の底からつぼみがひとつ、力強くすっと伸びて水面に顔を出していました。

12日から14日までの3日間にわたって、1輪だけ、月光色の花が咲きました。初めて眺める10月の姫睡蓮。

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2008年10月 9日 (木)

【大人の食学】ティータイムのある暮らしVol.1 <珈琲を学ぶ>

東京電力の“快適ライフを応援する生活情報リサーチサイト”、TEPORE(テポーレ)にて、「大人の食学」と題したコーナーで10月から12月までの毎月1回、ナビゲーターをつとめます。

テーマは「ティータイムのある暮らし」。毎回6万人(!)もの会員が各テーマについてのアンケートに回答を寄せてくださって、それをもとに皆さまがティータイムにどんな意識を持っているのか探ってみましょうというもの。

第1回目の10月のテーマは「珈琲を学ぶ」。ページの前半はアンケート結果とコーヒーの淹れ方(コーノ式)などについて、ページの後半は珈琲工房ホリグチの堀口俊英さんが私の質問に答えるかたちで珈琲よもやま話が掲載されています。

当日の会話の大半を占めた、マニアックで刺激的で、コーヒー好きの人じゃないと楽しめないかもしれない内容はさすがにカットされて、幅広い方々にとって読みやすい内容にまとめられています。いつか自分の手で、これまでに聞いてきた「コーヒー好きの人々にとっておもしろい話」をなにかのかたちでまとめてみよう、と思いました。

次回のテーマは「紅茶」。登録すれば誰でも会員になれるらしいので、よろしかったら紅茶についてのエピソードをお寄せくださいませ。コーヒーにまつわるエピソードには、たとえばこんな回答が。

> 新婚当時に買ったアンティークなコーヒーミルを、今でも使っています。手で回すとゴリゴリと伝わってくる感触に、昔、妻と一緒に探し回り、渋谷の店でこのミルを手にしたときの喜びを思い出します。2人分の豆を挽くだけでも結構疲れますが、その疲れが、コーヒーにひと味加わるような気がします (50代・男性)

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2008年10月 5日 (日)

パトリス・ジュリアン氏が

ハワイの智恵をひろめている博士の来日講演を聞きに行ったら、会場に見たことのあるお姿が。パトリス・ジュリアン氏でした。おそらくボランティアスタッフとしての参加なのでしょう、博士のアロハシャツにマイクを付けてあげたり、プロジェクターを微調整したりと、ちょっと珍しい光景を至近距離で拝見しました。

講演中、博士は随時4、5名のスタッフを指名して、各自の体験談を聴衆に話すようにうながしたので、パトリスさんの興味深い近況も聞くことができました。快活でお元気そう。

パトリスさんは以前から禅や瞑想に傾倒していたようですから、ブッダの「空」をひきあいに出して話をされる博士に深く共感したのはうなずけるのですが、それにしても、ハワイのおおらかで包み込むような優しい気を発している博士と、にこやかでもとがった美意識を発しているパトリスさんが肩を並べて愉快そうに話している光景はなんだか不思議でした!

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2008年9月30日 (火)

音楽による浄化、微かな光、『トウキョウソナタ』

冒頭の不穏で濃密な気配。リビングルームの窓から吹き込んでくる激しい風雨に気づいて、窓を閉めに来る母親。でも彼女はふと濡れた床を拭く手を止めて、再び窓を開け放ち、嵐の空を放心したように見上げている……その姿は冒頭に続く物語のみごとな象徴。

上映後に映画館の椅子から立ち上がれなくなったのは久しぶりでした。黒沢清監督の『トウキョウソナタ』。家族という名のもとに同じ家に寝起きしながら、それぞれがひとりで違う世界を生きている4人の逃走と死と小さな再生の物語。

スクリーンに描きだされた家庭はとうの昔にあたたかな心の結びつきを失っていて (あるいは最初からそんなものは存在していなかったのでしょう)、家族4人はめいめいが自分だけの事情に呑みこまれ、自分だけの孤独を深めていきます。

それでも毎日くりかえされていく食卓の風景。4人の結び目となるテーブルがかろうじて維持されてきたのは、何も求めていないようすで黙々と家族の食事を作りつづける母親が存在したからでした。たとえ彼女が作ったドーナツに誰ひとり手をつけなくても。

視線を宙にさまよわせる彼女の顔に浮かんでいるのは、忍耐というよりは絶望に近いように見えます。もはやなすすべもなく、日々のすべてがずるずると滑り落ちていくのを眺めているような、うつろな絶望。

物語はある地点で一挙に緊迫感を増し、4人はそれぞれ<家庭外>へと逃走をはかります。やぶれかぶれの逃走の果てに、父親は真夜中の路上で<死>を迎え、母親は夜の海で<死>を迎え、長男は海外へ高飛びし、次男は東京以外のどこかへ逃走しようとして小さな<死>を迎え。

やがて漆黒の海岸に訪れる微かな夜明け。監督はこの4人をいったいどうやって救うつもりなのだろう、救わずに放置しておくのだろうかと、衝撃に胸がじんじんしびれるのを感じながら見守っていると、海辺に立ちつくす母親役の小泉今日子に正面から強い光が当てられていき、朝日と希望が暗示されます。

一度死を体験し、再び食卓に戻ってくる家族たち。離散と集合。おたがいに何も問わず、自分の身に起きたこともいっさい説明せず、テーブルを囲んでひたすらごはんを食べる彼らの姿に、不思議な力強さ、しぶとさのようなものを感じたのです。外の世界にただ翻弄されるだけの無力な存在に見えながら、それでもぎりぎりの一線をくぐって生きのびた彼ら。

そしてこの食卓を支えていたのは、何があっても、心をこめてというよりは機械仕掛けのように見えても、家族の食事だけは作りつづけた母親だということがあらためてボディーブローのように効いてくるのです。

ラストシーンは音楽の持つあまりの浄化力に魂が震えるほど。相変わらず言葉では何のやりとりもおこなわれないけれど、ピアノに向かった次男が豊かな天分を発揮して弾くドビュッシーの音色は、両親の胸深くにそのまま沁みとおっていきます。父親はおそらくこのとき初めて、次男の魂が発している何かに、ただじっと耳を傾けたに違いありません。

音楽の力はそのようにして人間に光をもたらすのだと、この映画が持つものすごい重量のエネルギーに身を浸しながら、私は啓示のように感じていました。

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2008年9月29日 (月)

MOLESKINE シティーノートブック東京

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200年の歴史を持つフランス製の手帳、MOLESKIN。ブルース・チャトウインやヘミングウェイ、ゴッホなどがこの手帳を愛用していたそうですが、その手帳に「シティーノートブック」なるシリーズが加わりました。

「世界にひとつ、自分だけのシティマップを創ろう」

…というテーマに基づいた、地図+路線図+白無地ノートのシリーズ。「旅の計画を立てるとき、そして旅の思い出と足跡を残しておくのに理想的な1冊」として、パリ版、ロンドン版、ベルリン版、サンフランシスコ版など数十都市に加えて、このたび東京版が登場しました。

この手帳を実際にさまざまな職業の人に使ってもらって、その“作品”を展示するエキシビションが予定されています。MOLESKINの総輸入元のかたが「東京を楽しんでいる川口さんに」と1冊プレゼントしてくださって、私も参加させていただくことに。

この手帳のすぐれている点のひとつは、巻末にトレーシングペーパーがついているところ。これを地図の上に貼り付けて、目的地や道順などを大胆に書き込めるようになっているのです。とうぶん持ち歩いて、書いたり貼ったり挟んだりちぎったりして楽しもうと思います。

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2008年9月22日 (月)

アアルトがいっぱい@スパイラル

いっぺんにこんなに多くの新旧アアルトStool 60を見たのは初めてでした。「Be Honest! -次世代へのタイムレス・デザイン-」と題して青山のスパイラルガーデンでおこなわれている「アルテック+マリメッコ」。吹き抜けにはStool 60を積み上げた一大インスタレーション。

Photo002_5テーマは「デザインにおけるサスティナビリティーとは何か」。アアルトの椅子もマリメッコのファブリックも、ファッションのためのデザインではなく、私たちの日常生活を本当に豊かにするためには?という問いに“正直”に答えようとするデザインだったからこそ、時代を超える力を持ち得ました。moiの店内でも、とてもいい感じにふつうの顔をしてお客さまを迎えているんですよね。

サスティナブルは、現代のあらゆるジャンルの活動に宿命的に課せられたテーマと思われます。原丈人さんが「ほぼ日」で語った「公益資本主義に基づく新しい株式市場」のアイディアにはちょっと興奮しました。それは、ニューヨークやロンドンが放棄した2割の長期資金を取り扱う新しい金融市場。その市場では、社会貢献度が高い企業ほど株価が高くなるのです!

「artek+marimekko」の展示の中でことに面白かったのは、国内外のクリエイターたちのインスピレーションを加えて新たに制作されたStool 60。いかにもふさわしい人選!の皆川明は、座面の上にキュートな赤い迷路ゲームをつくりあげ、銀色のパチンコ玉を3つ置いていました。

おとなりのスパイラルカフェはこの展示に合わせて、アルテックホワイトの家具とマリメッコの牛モティーフが並ぶ「Milkbar」に変身しています。9月23日まで。

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2008年9月18日 (木)

間違い+壊す+なくす

その1。2日間つづけて雑誌の連載用カフェ取材。自分で日時をセッティングしておきながら、カフェをとりちがえて、初日に、次の日行くべきカフェに行ってしまいました。すぐさまお店のオーナーにタクシーを呼んでいただいて移動! 2軒とも三軒茶屋のカフェだったのが奇跡といえば奇跡のような幸運で、無事に取材終了。正しいお店で私を待っていてくれた雑誌専属カメラマン氏には、終始笑われっぱなしでしたが。

その2。愛用のイタリア・DELTA社のペン、美しいドルチェビータ・ミディアムが…壊れました。私は現在までにこのペンを3本も購入しているのです。1本目は落としたらペン軸が割れてしまって、2本目は紛失して。3本目となる今回は、ペン軸のネジ部分が破損! いつもバッグから入れたり出したり、酷使しているせいでしょうか。

どういうわけか、このペン以外はどんなペンを見ても購買意欲がそそられないのです。もっと豪華なペンはいくらでも売り場に並んでいるのですけれど。プレゼント用ではなく、自分のために同じドルチェビータを何本も買いつづける人間なんて、もしかしたら日本中で私だけかもしれませんね…トホホ。

その3。渋谷で携帯電話を紛失。取り急ぎDocomoに連絡して、使用不可にしてもらいました。

2日のあいだに、これら3つの災難。慣れ親しんだものをなくしたり壊したりするのは転機のサインと言いますが、ちょうど自分の新しいテーマをなんとなく求めている時期で、うーん、なるほどと感心しました。

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2008年9月12日 (金)

カフェと喫茶店の違い・堀口俊英さん説

珈琲工房ホリグチの堀口さんと対談させていただいたことを、ほんわか茶飲み日誌の「カフェは個人の幸福を考える場所である」でご報告しましが、堀口さんから奔流のように溢れだす“コーヒーにまつわるすべて”のお話のなかに、カフェと喫茶店の違いについての定義がありました。

堀口さんはカフェをキャフェとおっしゃいます。
「ソフトドリンクの売り上げが全売り上げの50%以上は喫茶店、食べ物の売り上げが50%以上ならキャフェ」

これは私が唱えていた「お茶しようと思って入るのが喫茶店、ひとりごはんを食べようと思って入るのがカフェ」説と同じですね。視点を経営者の立場にすれば、堀口さん説になるのでしょう。それでも、感覚的なものにすぎない私の持論に対して、堀口さんの説は数字が明快で、あまりカフェのイメージが湧かない人々に対しても説得力があります。

「だれもはっきりさせないから、自分で研究して結論を出しました」

堀口さんはコーヒーの仕事のあらゆる面において、先頭に立って「はっきりさせる」ことに尽力してこられました。ふにおちない慣習に対して「なぜ?」と問いかけ、自分で解明し、それをもとにコーヒーをめぐる状況を改革。今、私たちがコーヒーの常識として受け止めていることがらも、堀口さんが始めた当時は、ずいぶん周囲から「クレイジーだ」と言われたようです。ここ数年で私たちが手に入れることのできるコーヒーが飛躍的においしくなってきたのは、そういった努力のたまものなのでしょう。

“コーヒーに憑かれた男たち”の中には、さまざまな先駆者がいます。孤高の求道者、マッド・サイエンティスト、吟遊詩人……。私の目には堀口さんは「改革者」として映りました。
(「なぜカフェと言わず、キャフェとおっしゃるのですか」という私の質問は軽く受け流されてしまいましたが)

カフェと喫茶店の定義について、もうひとり、非常に興味深いお話を聞かせてくださったカフェオーナーがいらっしゃいます。青山のジャズ喫茶「月光茶房」のオーナー。彼の説についてはこのページの「カフェのルーツ、喫茶店のルーツ」をどうぞ。あ、そういえば月光茶房でも珈琲工房ホリグチの豆が使われていますね。

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2008年9月10日 (水)

鶏の唐揚げのカロリーダウン方法

本日、経堂のカフェCura2にて、おいしい塩キャラメルのフィナンシェと紅茶をいただきながら、さる編集者さんに聞いたお話。

読者に「あなたは自宅の食事で、カロリーを低くするために工夫していることがありますか?」というアンケートをおこなったところ、画期的な回答がひとつあったそうです。唐揚げのカロリーをカットする強力な方法。なんと、買ってきた唐揚げをクッキングペーパーに包み…電子レンジに入れるのではなく、洗濯機に入れて、脱水するそうです!

ちなみに回答者は男性だったとか。あまり、食欲をそそられない唐揚げです。

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2008年9月 8日 (月)

『グーグーだって猫である』

“大島弓子育ち”のひとりとしては、初日に足を運ばずにはいられませんでした。犬童一心監督が映画化した『グーグーだって猫である』。

小泉今日子をはじめとする役者さんたちも、細野晴臣による音楽も、それから大島作品に欠かせない吉祥寺の街の風景もそれぞれに魅力的だったのだけれど、残念ながら全体としては少し首をかしげざるをえない出来だったように思います。

40代の天才漫画家と、猫と、アシスタントたちの日常。不意に宣告されるガン……という原作の設定に基づいて、脚本は映画ならではの物語を独自に創作しているのですが、映画がつけ加えたコミカルなシーンや、どたばたと吉祥寺の街じゅうを駆けまわるシーンなどが、いずれもあまり成功していないのです。

おそらく、原作をそのまま映像化したのでは淡々としすぎていて映画として成立しないし、猫のシーンばかりなので実写撮影は不可能、という判断があったのでしょう。だから、映画独自に動きのある物語を仕立て、また、話者としてアシスタントの女性(上野樹里)をフィーチャーしたことは、まったく妥当な解決策なのですが。

メゾン・ド・ヒミコ』のトーンでつくれば素晴らしかったのに、と思ってしまいます。監督としては、この映画でさまざまな賞を受賞してしまったので、今回は二番煎じのトーンにはしたくなかったのかしら。

大島弓子の描く世界は、一見スイートな空気をまとっていながら、救いようのない孤独や、心身の病や、どんな生きものも避けることのできない死を、彼女ならではの繊細なまなざしで鋭利に、しかも淡々と浮かびあがらせています。日射しの中でたんぽぽの綿毛がふわふわと街角を横切っていくような幸福感と、ぞっとするような孤独の深い淵が、なんでもない顔をして並んでいる日常。そんな日常を愛していこうとする静かな決意のようなもの。

だからこそ私は若い頃に何度も大島作品に救われてきたのであり、そんな彼女の世界を再現するのは、決してなまやさしいことではないのでしょう。

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2008年9月 6日 (土)

『1/4の奇跡』+『地球交響曲第六番』

牛込神楽坂にある区民ホールを訪れ、午後1時から9時過ぎまで、映画『1/4の奇跡』上映会+入江富美子監督のトークライブ~ 演奏家のいない演奏会~ 映画『地球交響曲第六番』上映会+龍村仁監督のトークライブ、という内容の濃い半日を過ごしてきました。

『1/4の奇跡』を観ながら大泣きしてしまったことについては『ほんわか茶飲み日誌』に書いたので、こちらでは『地球交響曲(ガイアシンフォニー)第六番』について書いておきます。

今回のテーマは音楽。第六番を上映するにあたって、この会場で波動スピーカーが使われたのは、映画にとっても観客にとっても幸運なことでした。音がいのちとなるこの映画のサウンドを、波動スピーカーは豊かに、優しく、会場全体に響かせてくれたのです。おそらく観客は耳だけではなく、皮膚からも音を感じていたのではないかと思います。隣の席の女性は映画の後半でザトウクジラの歌声に包まれ、静かに涙を流しつづけていました。

第六番に登場しているミュージシャンの中に、長屋和哉さんがいます。長屋さんは音楽活動はもちろんのこと、『すべての美しい闇のために』というすばらしい著書も上梓していて、私はAmazonにふだんは全く書かないレビューを書き込むほど心を揺さぶられたのですが、この映画の中で、彼は熊野古道のハイライトのひとつ、神々が降り立つ巨石「ごとびき岩」の下で鋼の楽器を打ち鳴らしていました。

夜明けの空に響き渡る長屋さんの音楽。真夜中にあの場所まで鋼製の大きな楽器を運び上げるのはさぞ大変だったことでしょう! 急峻な山の斜面に500段以上も続く石段のひとつひとつが大きく、不規則に乱れていて、私など、軽いリュックひとつを背負っているだけだったのに、のぼるのもおりるのも難儀しました。

ごとびき岩について、長屋和哉さんのこんな言葉がパンフレットに掲載されていました。
「この岩はいつも鳴っているんですよ。重低音の地鳴りのような音、超新星爆発の余韻の音、といったイメージかな」

虚空の音を聞きとる修練を重ねてきた長屋さんの研ぎ澄まされた耳なら、私たちには聞こえない巨岩の振動音を正確にとらえているに違いありません。それはこの映画を貫くテーマそのもの。聞こえない音を聴き、見えないかたちを見ることは、光を聴き、音を見ることでもあるようです。

  「岩は石と化した音楽である」 ~ピタゴラス~

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2008年9月 5日 (金)

美女のふくらはぎ

Hasu_01 ベランダの姫睡蓮の花が、やっと1輪だけ咲きました!

5年前に神楽坂の小路苑で買いもとめたとき、店主が「こりゃ、当たりでしたね」と言って包んでくれた通り、毎夏、たくさんの花を次々に咲かせてくれた大切な姫睡蓮。

それが今年はちっともつぼみをつける気配がなかったのです。気温が暑すぎるのか、もっと大きい鉢への植え替えが必要なのか、それとも寿命なのか…と悩んで、小路苑に質問しに行こうかしらと思っていた矢先、昨日ひとつだけ水の中からつぼみが伸びて、今朝、そっと花を開きました。

つぼみがほころびかけてから満開になるまでの1時間ほどのあいだ、嬉しさのあまりベランダに椅子を出して座りこみ、ずっと花を眺めていました。水中から成長するつぼみは、水の上に顔を出してその花びらを開くとき、必ずひとつぶの澄んだ水滴を中央に抱いているのです。真珠のように。

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夕方、とあるカフェのオープニングパーティーに出かけたら、有名な女優さんがいらして私のすぐ前に立ちました。目を奪われたのは、すんなり伸びたふくらはぎの完璧さ。無駄な脂肪や筋肉のついていない脚のかたちの美しさもさることながら、ほのかに小麦色をした皮膚の、傷ひとつないなめらかさ、つややかさは驚くばかり。もちろん、家具の角にぶつけた青あざとか、蚊に刺された跡なんていう不粋なものも、まったく見あたりません。

もしかしたら脚用のファンデーションを使っていたのかもしれませんが、それにしても、なんてお手入れの行き届いていること! つねに多くの人々の視線に全身がさらされる職業ならではでしょうか。彼女がエステサロンのCMに起用されているのもうなずけます。

そのパーフェクトなふくらはぎを持つ美女が、この姫睡蓮と同じ色のワンピースをお召しになっていたのでした。

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2008年9月 1日 (月)

マナ・フーズ&ダブル・レインボウ

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パイアの町の基本は路上駐車。午前11時、小さなメインストリートに立ち並ぶショップの前はすでに車がずらりと駐車していました。空いたスペースをひとつだけ見つけてレンタカーをとめたら、そこはMANA FOODS(マナ・フーズ)というオーガニック専門スーパー&デリの前。

このマナ・フーズが素晴らしく当たりのお店だったのです。天然の原料を用いた有名無名のボディケア製品や、島の小さな農園でオーガニック栽培される農作物や、HPによれば600種類!ものハーブティーなどがところ狭しと並び、自分の健康にも自然環境にも意識的でありたいと願う人々にとっては、またとない品揃え。フラワーエッセンスやWELEDAの製品やハーブティーをごっそり大人買いしました。

WELEDAの「ワイルドローズ」シリーズのボディローション、バスミルク、デオ・ウォーター(日本未発売のようです)を買い物かごに入れたら、薬局担当の女性スタッフが紙袋に入れながら、「ワイルドローズ、すごくいいわよね!」と話しかけてきました。彼女も愛用しているそうです。

ハーブティーは、いったい何が入っているの?!と成分表示を見直したほど直接的に作用しました。日本でも手に入るTraditional Medicinals社の「Think-O2」というもので、脳を活性化し記憶力を増進すると書いてあるのですが、ティーカップに1杯を飲み終える頃になると、ひたいがふんわり、じわじわと気持ちよくなるのです。前頭葉に効いている感じ。有機栽培とシュタイナー農法で育った植物の持つ力でしょうか。

それにしても、自分のライフスタイルとぴったり合うお店がすぐ近くに存在する町に住むのは、さぞ快適なことでしょう。カフェも多いしマナ・フーズはあるし、マウイに住むならパイアです。
…と書くのに、ちょっと用心しました。先日ここに「サザエ」と書いたら、なんとすぐ次の日に大島の義姉から箱入りの立派なサザエ20個が送られてきたから! 言葉に含まれている“実現力”はあなどれないようです。すぐに壺焼きにしておいしくいただきました。

上の写真は夕方、ホテルハナマウイのプールで泳いでいるとき、とつぜん目の前の海に現れたダブル・レインボウ。海面の途中から輝く虹がふたつ立ち上がるさまは、奇跡は日々いたるところで起きているのだと力強く思い起こさせてくれました。大あわてでプールからあがり、ずぶ濡れのままカメラをつかんで撮影したので、うまく虹がとらえられず。

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こちらの写真は、夕暮れどきのホテルハナマウイのプールで、なぜかガッツポーズをとる夫。ふたりで水の上にあおむけに浮かんでいたら小雨が降り出し、そのあと、ダブル・レインボウが現れたのでした。

マウイに行く直前に、ガンの可能性あり!とお医者さまに言われて検査を受けていました。帰国後、結果を聞くために病院に向かう道すがら、なぜか不思議にマウイの空気に守られているように感じていたのです。案の定、検査結果は「まったく心配なし」とのこと。ダブル・レインボウは“あたまりまえに起きる奇跡”のシンボルのように思えます。

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2008年8月26日 (火)

ハレアカラ山頂で、凍えながら見た朝日

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1週間、マウイ島でのびのびと虹と風の日々を過ごしたあとで、東京の蒸し暑さと空気の重たさがさぞ心身にこたえるだろうと覚悟して帰国したら、この涼しさ。身体がラクで助かります。

ハワイの島々に虹はつきもの。今回も1度は見られるといいなと期待していたのですが、なんとマウイ島は滞在中、毎日かならず虹を見せてくれました。

島々の個性のおもしろさ。オアフ島が“ゲート”や“ネットワーク”を感じさせるヴァイヴレーションなのに対して、ハワイ島が放つヴァイブレーションは若々しく、ダイナミックで力強い。カウアイ島のヴァイブレーションは深い慈愛に満ちています。そしてマウイ島は、かぎりなく優しく、静かで穏やかな喜びに包まれていました。

ハワイ島のキラウェアと、マウイ島のハレアカラは、同じ火山なのに風景がまるで違うのです。今回の旅のハイライトは、世界最大の休火山であるハレアカラの山頂で眺めた驚異的な星空と朝日。

冴えわたる360度の星座を音もなく横切っていくのは、人工衛星でした。一見、星のようですが、またたかないのでそれとわかります。次々に輝く尾を引いては消えていく流星群。ちょうど昇ってきたシリウス。

写真右手に少し写っているのは、防寒コートのフードを頭からすっぽりかぶって、朝日がのぼる瞬間を眺めている母の後ろ姿です。反対側の地平線には薔薇色と青色の帯がひろがっていましたが、この青色が地球の影なのだそうです。

やがて地上が明るみはじめると、巨大なハレアカラ・シャドウが眼下に出現しました。ハレアカラ山の三角形の影が、遠くの地表と海に落ちているのが山頂から見渡せるのです。気温が低いためなのか、途中でデジタルカメラがまったく反応しなくなってしまい、思うような写真は撮れませんでした。

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2008年8月18日 (月)

マウイへ

お盆最後の日曜日は、昼間の山手線が、スーツケースを持った人々でいつになく混雑していました。今日はきっとあちこちの会社で、休暇から戻ってきた人々が「仕事に復帰する気がしない…」という会話を交わしているのでしょうね。会社員時代を思い出します。

新刊『カフェとうつわの旅~あたらしい和のかたち』を店頭で販売してくださるカフェの追加情報です。

カンブツ屋+cafe 空豆(福岡)
而今禾(三重)
CAFE UNIZON(沖縄)

それぞれに素晴らしいカフェです。お出かけになったら、カフェの空気を楽しみつつ、店頭で本を手に取ってみてくださいね。

私は明日午後に成田エクスプレスに乗り、1週間のマウイ島の旅に行ってまいります。いつものように、由緒ある一軒家B&Bばかりに宿泊…と思ったのですが、ハナだけは、噂のホテル・ハナマウイに泊まってみたくて、オーシャンビューの部屋を予約してみました。

海外旅行にぶ厚い本を持って出かけても読んだためしがないので、今回はもう本も持たず、のんびり、だらだらしてまいります。

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2008年8月 8日 (金)

首のMRI検査→頸椎症

閉所恐怖症の私にとって、病院の設備の中でもっとも怖いのはMRI検査。細長いカプセルみたいな機械に頭から入れられて、全身閉じこめられてスキャンされる例のやつです。できれば一生受けたくないと思っていたのですが、肩や腕の痛みとだるさが長びいているため、これは首の頸椎が原因かも……ということで、泣く泣くMRI検査を受けることに。

整形外科の先生が「これをMRI検査受付に提出してくださいね」と私に持たせた書類には、しっかり「閉所恐怖症」と赤字で書き込まれていました。

想像力で乗りきろう!と自分を励まし、カプセルに入れられる前から固く目を閉じて、草原に横たわっているつもりになったのです。「どうしてもがまんできなくなったら、これを握って合図してください」と、カメラのブロワーみたいなものを左手に持たされて、いざ検査開始。

自分が寝ているベッドが移動するのは感じましたが、ぎゅうっと目をつぶっていますから、狭いところに閉じこめられていることは認識できません。十数分間の検査は楽勝でした。ただし、ひっきりなしに轟音が響いているので(耳栓をしていたのですが)、草原に横たわっているというよりは、タイタニック号のボイラー室に横たわっているようでしたが。

検査の結果は、首の頸椎の6番目と7番目の骨がちょっとずれて痛みをひきおこしている「頸椎症」。日常生活に充分に気をつけていれば、症状はある程度ましになるようです。

Zen

写真は大島帰省の期間中、いつも私たちの基地的存在となってくれるJAZZ喫茶ZEN。神津島~大島の旅は、重いものを持たないようにという整形外科医のアドバイスを受け入れて、いつものNiconのデジタル一眼レフカメラではなく、小さなRICOHのGX100で撮影していたので、写真の雰囲気が違います。

ZENのオーナーが「ずっと店を閉めていたんですよ」とおっしゃるので何ごとかと思ったら、機械に腕を巻き込まれて大けがをなさったとか。夏休み前に復活してくださったことを心からありがたく思いつつ、どうかみんな、すこやかに!と願わずにはいられませんでした。

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2008年8月 2日 (土)

神津島入門

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島と親しくなるには、やはり船で近づいていくに限るのです。水平線の向こうに目指す島らしき小さな島影をみつける、その瞬間の胸の高鳴りは格別。イスロマニアの血が躍ります。

神津島は伊豆諸島の中心に位置し、島としては例外的に水の豊かな土地で、「水配神話」が残されています。

そのむかし、伊豆七島の神々がこの天上山に集まり、会議を開きました。神々の会議場となった島--だから「神津島」なのだそうです。

神々の会議の中心議題は、命のみなもとである水を、各島にどのように分配するか。話し合いの結果、「次の日の朝、先着順に水を分配する」ことに決定しました。
翌朝、もっとも早く到着したのは御蔵島の神。御蔵島の神にはたくさんの水が分け与えられました。次に到着したのは新島の神。3番目は八丈島、4番目は三宅島、5番目は大島の神でした。
こうして水は次々に配られていき、最後に利島の神がやってきたときには、もはやほとんど残っていませんでした。怒った利島の神は、わずかに残っていた水に飛び込んで暴れまわりました。
その水が四方八方に飛び散ったために、神津島には現在でもいたるところに湧き水が存在しているのだそうです。

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2008年7月16日 (水)

大竹昭子×穂村弘

昨年、著書に出会って注目していた言葉使いのふたり、『眼の狩人』の大竹昭子さんと、『世界音痴』の穂村弘さん。マイ・フェイヴァリットな2冊のそれぞれの著者が同じ壇上に立ち、写真をめぐるトークライブをおこなうと知って、青山ブックセンター本店に足を運びました。

このイベントは大竹昭子さんのユーモラスでインパクトに満ちた新刊『この写真がすごい2008』の出版を記念して催されたもの。いま書店に行くと、写真コーナーに平積みになっているのを見かけますね。新刊におさめられているのは、プロ/アマチュアを問わず、3歳から90歳までの人々が撮影した「すごい」写真の数々。なにをもって「すごい」とするか、それについてどう語るかに、大竹昭子の眼がよく表れています。

【トークライブの案内より】

 思いがけない瞬間。見たこともない景色。忘れられない一枚。
 世の中には、なぜかふと立ち止まってしまう写真がある。

 その写真はどこがすごくて、何にひかれるのだろう?
 これまで数々の写真を見て語ってきた大竹昭子と、
 数々の短歌と詩を詠み言葉を紡いできた穂村弘による、
 写真をめぐるトークライブ。

当日は穂村弘さんが『この写真がすごい2008』の中からセレクトした何枚かの写真をもとに、それについてふたりが話し合うというかたちで進行。スライドで映し出される写真が写真だけに、淡い笑いの絶えない2時間でした。

もっとも記憶に残ったのは、17歳の男子高校生が「お通夜のときに父親に撮れ、と指示されて撮影した」という下の写真。左下の布団にはおじいちゃんのご遺体が、右上の布団には、遠からずおじいちゃんのそばに召されるであろうおばちゃんが! ふたりの間に入っているのはご家族の方々なのでしょう。

Talkshow

「よくこんな発想をした!」と驚く大竹昭子さんの眼は、死者と生者が共に平穏な空気に包まれておさまっているこの1枚から、生と死は両極にあるものではなく、グラデーションになっているのだ、という考察を導きだします。

私は私で、命の連続性ということを感じていました。生命の火の消えたおじいちゃんはいとも安らかに横たわり、その命を受け継いだお父さん、さらにその命を受け継いだ子どもたちが、人間というものを営々と続けていくんだなと。

ところが、穂村弘さんはむしろ逆の感想を述べます。
「この写真の中で、生きている人は全員カメラ目線。カメラを意識していないのは故人だけ」
死者と生者は、まなざしにおいて、くっきりと両極に分かれているのです。
加えて、中央に縦に並んでいる若者たち3人の口元には微笑が浮かんでいることも指摘されます。これは記念撮影としてカメラを向けられると、ほぼ自動的に浮かべられる微笑なのでしょう。眺めれば眺めるほど、いろいろなことを考えさせずにはおかない「すごい」1枚です。

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2008年7月14日 (月)

マウイ君

アテネオリンピックの年に購入したデスクトップPC、夫が名づけた「アテネ君」が過労でダウン気味なので、週末に新しいPCを購入しました。FMVのLXシリーズのこれ

夫も私もPCそのものにはぜんぜん興味がないので、22インチの大画面で地上デジタル放送やBSデジタル放送が見られてブルーレイで保存できる、というテレビ本位のおおざっぱな選びかたでした。

オリンピック式命名法にならえば「北京君」なのですが、なんとなく…エラー続出になるような気がして、この夏休みの旅行先、「マウイ君」と呼ぶことに。ホームページビルダーやらPhotoshopやら、よくお世話になるソフトのインストールを済ませたところで、ようやくマウイ君と少しお近づきになれたようです。

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2008年7月 9日 (水)

人はなぜ結婚するのか

「ほそぼその会」のひとりが結婚すると初めて聞いたのは、数ヶ月前、地下鉄の中でのこと。
結婚する相手が、数々の賞を受賞しているアメリカの高名な絵本作家○○氏であると聞いて、腰をぬかしそうになりましたが、彼の繊細で静かな、しかし力強く読む者の精神に迫ってくる作風と、彼女の、かけらほども浮わついたところのない美しいたたずまいは、考えてみればじつに相性が良さそうです。初めて彼女に出会ったときに、100回輪廻したくらい落ちついた人ですねと本人に言ったことを思い出しました。

彼女はいまアメリカの静かな街への移住準備を進めているそうで、実際に彼女に会った「ほそぼその会」のひとりが、幸せそうだったと報告してくれました。彼の作品は何冊も邦訳が出ていて、思わず読み返して感動をあらたにしました。

結婚後はふたりでそっと寄り添って、世界を細やかなまなざしで見つめながら生きていくのでしょう。それは東京がいやおうなしに強いてくるせわしない生活よりも、ずっと彼女にふさわしいものに思われます。

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2008年7月 7日 (月)

日本初のラテアート選手権

Latteart

7月5日、青山のBLENZコーヒーを舞台に、日本で初めてのラテアート選手権が開催されました。審査を担当したのは、2007年ラテアート北米チャンピオン、レイラ・オズバーグ(カナダ)さん、音楽評論家の湯川れい子さん他4名。

優勝候補と目されていた男性が日ごろの腕の80%程度しか発揮できなかったらしく、優勝したのはダブルトールカフェ渋谷店の吉本明日香さん。吉本さんは今年の9月にカナダでおこなわれる世界大会に日本代表として招聘されることになりました。

※当日の様子はAll About[カフェ]のこちらのページで詳しくお伝えしています。

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2008年7月 1日 (火)

エミリー・ウングワレー、魂の質量

国立新美術館エミリー・ウングワレー展。80歳近くになって初めてカンヴァスに絵を描き始めた彼女は、ただの一度も西欧美術に触れた機会がなく、アボリジニのプリミティヴ・アートを出自としながらも、独自の高度に抽象化された…と、西欧美術史の圏内にいる私たちの目にはうつる、圧倒的な作品の数々を生み出していきました。

80歳代で亡くなるまでのわずか8年の間に描かれた、3000点を超える作品群。ギャラリー無境の塚田さんがすぐれたアーティストは「魂の質×量」の豊かさを感じさせるとおっしゃっていましたが、まさにその魂の質×量がほとばしるエミリーのタッチは鮮烈。巨大なその作品たちは上下左右どこから眺めてもかまわないとされています。彼女はカンヴァスの上にあぐらをかいて座り、時として歌いながら筆を動かしました。

初期の代表作「エミューの女」の前に立ったとき、ふと連想したのはマトリックス・レボリューションズの一シーン。失明したネオがマシンシティに到達したとき、心眼で認識し得た世界。オレンジ色の光線の動きとして捉えられる宇宙。

一見抽象的な線と無数の点で構成されているかに見えるエミリーの絵は、アボリジニの世界観の中を生きる彼女にとっては、ヤムイモの根であり、エミューであり、祖先が創造し彼女がその中で生きてきたアルハルクラの大地。あなたは何を描いているのですか、という質問に対して、エミリーは「すべてのもの」と答えています。

「そう、すべてのもの。私のドリーミング、ヤムイモ、トゲトカゲ、草の種、ドリームタイムの子犬、エミュー、エミューが好んで食べる草、緑豆、ヤムイモの種、これが私の描くもの、すべてのもの」

ドリーミングというアボリジニ特有の世界観の中に入っていかないかぎり、エミリーの絵を読み解くことはできないのでしょう。時間の概念を持たず、また文字を持たない彼らの世界を共有することはたぶん不可能で、私たちはエミリーの絵に表現主義とかモダニズムとかいったタームをとりあえず当てはめてみているだけにすぎないのです。

以下は私の理解のためのドリーミング関連の抜き書き。オリジナル全文は山口大学人文学部の宗教学研究室のWebサイト。太字は私によるもの。

====== アボリジニの芸術・社会・文化から見る宗教(1) ======

2.ドリームタイム

○世界創造の時代/夢見。19世紀に、主に西洋の人類学者が、アボリジニの諸言語の間で使われていた類似する概念を翻訳しようとして用いられるようになった語。

○創世神話。先祖(人、動物、超自然的な力をもつ存在、曖昧な存在)による世界の創造。「先祖は不毛な未分化の野原を横切るように移動/旅しながら世界を構築した」。「先祖は旅に出る前に、翌日の冒険や出来事について夢を見た」。「先祖は夢を行動に移しながらあらゆる自然物、人間、部族、氏族、動物、植物を生み出した」。「これらの存在は互いに入れ代わることができる」。

○「過去の物語」ではない。直線的な時間/歴史的過程として解釈されるのではなく、現実の次元を指す(今を基礎づける、終わりのない物語)。

○ドリームタイムはアボリジニの住む空間と永遠に結びつく。ドリームタイムは居住地を基礎づける/形作る/活かす。居住空間と地形は、ドリームタイムとの結びつきを保った存在である(結びつきあっての存在)。

○アボリジニの生活は、旅と野営をしながら、その時々とその空間がドリームタイムの物語を反映する。ドリームタイムは、従うものではなく、実現するものである。先祖が見て実現した夢を、今も、永遠に、アボリジニが見て実現する

○ドリームタイムは「進歩」「進化」を想定しない。アボリジニには元々時間という概念は知られておらず、「去った時間」(過去)も「来る時間」(未来)も存在しない。ドリームタイムは、過去から未来へ向かう運動ではない。そこには時間的な経過も、歴史も、時間の距離/幅/間隔も、存在しない。あるのは、夢の世界と現実の世界を結びつけるもの、すなわち、主観的状態から客観的状態への表現/実現であり、つまり内面と外面にまたがって起こる物事や出来事の移り変わりのみである。

○同じように、空間も、距離・幅・間隔として捉えられることはなく、意識と無意識の関係として捉えられる。空間にある知覚可能な実在は意識に相当し、対象間に存在する見えない空間は無意識(=夢/睡眠/死/観的状態、つまりはドリームタイム)に相当する。

○ドリームタイム/神話による、<無限の>時間と空間の不均質化/聖化/聖別。心的表現としての「無限の時間」と「無限の空間」の構造化/持続化。

○アボリジニにとっての芸術は、ドリームタイムの手段でもある。この場合のドリームタイムは、心の内面的世界であると同時に、生に対する、外的な大枠の文脈である。

○芸術は、時空間における人間(自分たち)の位置づけである。生活世界/時空間の不均質化/聖化/聖別。

○また芸術は、トーテミズムの表現/実現である(年齢、性別、トーテムの系列、部族・氏族関係、など)。

======アボリジニの芸術・社会・文化から見る宗教(2) ======

2.アボリジニにおける宗教=芸術の諸側面

【全般】

○岩壁画(ロック・ペインティング/ロック・アート)、樹皮画(キャンバス画)、儀礼/ダンス/ボディー・ペインティング。

○ドリームタイムの世界観の現れ(復元、実践、維持)。

ドリームタイムの主役や霊たちを作品に宿らせ、動物・自然・先祖の霊を引き出すこと。そして同時に自らも主役・主人公になりきること。過去という時間、見えない霊界、祖先のすべてが、一体化し、連続するものとして演じられる(→ 精霊「ミミ」)。

○呪術(感染/近接、模倣/類似、シンボル)。夢/希望/願いと現実の媒体。

○白人による侵入の実態と歴史。

○心の表現の手段(心にある多様なありさま)。ただし、どれも生活にとって究極的・包括的な位置と意味をもつ。きわめて宗教性の濃い/宗教的な芸術。

○芸術の過程の中で、素材や場所が同時に神聖性を帯びている。

【トーテム性/トーテミズム】

○「トーテムの風景」、地図/見取り図、図案(→ 北米インディアンにおけるトーテム・ポール)。土地または居住している世界の構築。

○鳥瞰図:空中から地上を見下ろした図。

○しかしその一方で、シンボル/記号<体系>による表現を重視する。観念世界(動物・自然・祖先のすべてを含むドリームタイム)の表現。あたかも地理的な関係、比率、相対的な位置/方向のすべてが無視される。抽象化。

○⇒ この場合の絵画は言語の役割をも担う。

○動物を描く際のレントゲン手法(主に岸壁画)。

○動物を真似る踊り。自然と動物と自分たちを同じ文脈に位置付ける際の、自然・動物の様式の採用。

○⇒ 単に動物と自然の構造化ではなく、見えない世界/霊界による枠組みの再確認。

【二次元性と無時間性/超時間性】

○ドリームタイムを純粋に表現するならば、現代人のように時空間の存在性を明確に構造化することはできない。

○芸術作品が、自分たちの存在のみならず、自然・動物と見えない世界/霊界も含むならば、地上/この世の字空間に固定することはできない。

○⇒ 世界宗教における時間観と比較。

【現代アボリジニの子供に引き継がれるU字型シンボル】

○「U字型」とは? U字型は、何かを表現する絵として、線として、シンボルとして、多様に用いられる。踊るときのボディー・ペインティング(胸の図柄)として用いられる。全体の模様は、一族の土地を象徴する面がある。大人が物語りを語るときにも用いられる。画家のキャンバス画にも見られる(→ メルボルンの国立ビクトリア美術館の絵)。

○U字型はアボリジニの視覚言語/記号である。

○芸術と生活(つまり宗教)が一体となった暮らしの中で子供たちは、自然に親や大人から記号の意味を理解する。

○U字は、重要な儀式に参列する人々(女性)を表す。大きなU字は、重要な地位にある女性たち。黒と赤の円は、重要な儀式が行われている場所を示す。

○上から見た(空から眺めた)様子を記号化したもの。

○ただし単一に解釈できない。状況に応じて、違った事柄を象徴する。くねった線が、川や蛇を示す場合もある。円は、井戸、野営地、焚き火を表す場合がある。また、色調や色合いには、自然(たとえば砂漠の雰囲気など)の様子が用いられる。

○現代アボリジニの子供たちの、二重記号(独自の文化と西洋文化)。

○⇒ ドリームタイムの表現。記号の意味の可変性。二次元性。

====== アボリジニの芸術・社会・文化から見る宗教(3) ======

1.「ドリーミング芸術」

【ドリーミングと芸術の結びつき】

○ドリーミングの中身は「自然」「性」「死」に関する。

○祖先が創造した土地、動植物、人間関係(親族・男女関係など)に、またその創造過程(旅、狩り、芸術活動など)に、積極的に参与すること。

○「過去との連続性を維持する」という<積極的な>美術・芸術の創造過程。→ アボリジニがドリーミング<の存続>に対して担う義務。

○ドリーミングとの双方向的な関係。その中で、ドリームタイムという現実は、変化する。→ 親族関係と土地/地形。「自然界・動植物」「人間・社会」「死者・祖先・霊界」の再構築。

○ドリーミングに依拠する芸術(また宗教)は、過去のものではなく、現在に属するものである。

【ドリーミングと無意識】

○「アボリジニに言わせれば、ドリームタイムの創造とは、この世に歌い出された世界なのだ。人類も当初は、意識の主観的なエネルギー状態として存在する。夢、直感、そして思考は、振子のように揺れながら、外界を対象化してゆく。物質の創造や活動に参加するようになると、意識の振子は一転して、客観的実在から主観的状態へと振り戻される。『記憶』という名のこの振り戻しによって、森羅万象の残りの土台が生み出されるのである。」(p.62)

○「アボリジニの諸言語には、『時間』に当たる言葉がない。アボリジニには、『時間』という概念がないのである。アボリジニの言う『創造』では、時間の経過や歴史は、過去から未来への運動ではなく、主観的状態から客観的状態への移りゆきを意味する。アボリジニの世界に参入するための第一歩は、西欧社会の伝統ともいうべき抽象的時間概念を捨て去ることである。その代わりに、『夢見から実在が生じる』とする意識の運動モデルを想定すれば、創造プロセスに見られる宇宙規模の作用にも納得がゆく。アボリジニが毎日のように披露する儀礼の舞や歌謡は、『世界創造の要』だった主観から客観にいたる運動を祝うためのものだ。こうした発想は、日常生活の隅々にまで浸透している。アボリジニは今でも、狩りの前夜には一睡もしない。眠っている飼犬の様子を注意深く観察するためである。夢を見ている飼犬が吠えたり、唸ったりすれば、獲物を捕まえた夢を見ているという証拠である。だからその犬は、翌日の狩りのお供に選ばれるのだ。」(p.64)

○森羅万象(すべて)に、ドリーミング(夢見)がある。

○「土地や動植物を何らかの目的で利用したり、食べたりする場合にはまず、土地や動植物の夢見に入り込む術を身につけねばならない。」

○空間(「時間」も)は距離/感覚/幅ではなく、意識の世界である。意識同様、二つのモードに分けられる。空間内にある知覚可能な実在は意識に相当し、対象間に存在する肉眼では見えない空間は、無意識に当たる

○「『無意識』とは、夢見という連続体の一部なのだ。西欧文化では、無意識が現れて活動するのは明らかに、睡眠中や夢を見ている場合のみとされている。アボリジニの言う無意識とは、常に存在し、存在のあらゆるレヴエルに浸透している。それはちょうど、肉眼では捉えられない空間が、銀河から原子の内部にいたるまでの森羅万象を満たしているようなものだ。意識とはまさに、森羅万象そのものといえるだろう。それは、覚醒と睡眠、生と死のあいだで出現と消滅を繰り返しているのである。」(p.68)

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2008年6月28日 (土)

Take the "C" train(C列車で行こう)

ようやく精神的に落ちついた日々に戻ることができたので、この1ヶ月以上にわたって優先順位リストの最下位にあった「ハウスキーピング」をリストの第1位に引き上げました。

すべきことがあまりにも多いので、半日がかりで1週間分のTO DO LISTを作成し(この作業はなかなか楽しいのです)、完璧なプランを練りあげた…のに、身体が全然ついてきません。その後3日間ばかり、朝も昼も夜も眠っているか、ただぼーっとしているかで、だんだん自分が人間なのか、それともかたつむりのような軟体動物なのかよくわからなくなってきました。

これはプランが完璧かつ壮大すぎたために、とりかかる前から挫折してしまったわけです。そして、ああ、またできなかった、なんて情けない私…という得意のマイナス・スパイラルに入ってしまったのでした。

今朝から本当にちっちゃな目標に切り替えたら、やっと身体が動き始めました。らくにクリアできる目標って本当に素敵! 私の可愛いちび目標。CはちびのC。肝に銘じておかなくては。いつも、C列車で行こう。

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2008年6月25日 (水)

作家の珈琲

Kataoka

珈琲を淹れているのは片岡義男さんです。フレンチローストを素早く、あっさり淹れていく、正しいアメリカン。作家の世界そのままの珈琲。

この日のカフェは、先月訪れたときに較べて“自由なおじさん”風のお客さまの率が高く、しかもそれが声の大きい自由なおじさんではなく、飄々と我が道をゆく自由なおじさん風だったので、たいへん心なごむ雰囲気でした。
オトナが経済的なことで汲々としている姿を見せられるのはつらいものですから。まるで経済的な成功だけが人生の目的だと自動的に決定されているみたいで。もうちょっと違うものさしで生きてます、という人々が集まるカフェにいると呼吸がらくになります。

カフェを出ようとするところで、声をかけられてふりむいたら「ほそぼその会」のSさん! 彼女は今日、このイベントがあると知らずに夫と二人でコーヒーを飲みに来たのでした。不思議なところでつながる、ほそぼその絆。渋谷のある書店では、彼女が出した本と私の本が同じ棚に並んでいます。

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2008年6月19日 (木)

茶人に会う

『カフェとうつわの旅』大校正中。緊急事態が発生し、編集者さんが電話で「ピンチです!」と知らせてくださいましたが、そのピンチはカフェ系の本では決して珍しいことではなくて、笑って切り抜けました。(デザイナーさんは笑っていないと思いますが…) 百戦錬磨とはいかないけれど、三戦錬磨くらいにはなってきた実感。

銀座のギャラリー無境主人、塚田さんがコンフィチュール・エ・プロヴァンスのカフェのお話会で述べられたお言葉をこの本に書かせていただくので、ギャラリーにご挨拶にうかがいました。
そこで見せていただいたのが、塚田さんが催された某苑でのすばらしいお茶会の写真。テーマは「神仏習合」だそうで、床の間には中川一政の書や、白隠の書。なにげなく、平安時代の小さな蔵王権現像。それぞれが自在に組み合わされてとんでもなく美しかったのです。

そのあと、ギャラリー近くのマニアックな珈琲店にご案内いただいてしばし雑談。このかたは、茶人!…と、どなたかに対して思ったのは生まれて初めてでした。

『カフェとうつわの旅』でとりあげる「茶・銀座」を4月に取材した際に、1階奥の壁にロベール・クートラスが飾られているのを発見して、あ、と思ったのですが、それを塚田さんに申し上げると、やはり茶・銀座の社長と懇意でいらっしゃいました。美しい世界はどこかで必ず糸が繋がっているようです。

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2008年6月13日 (金)

青空

Cover

無事に原稿が書き上がった今日の良き日に、空は晴れてすがすがしく、デザイナーさんからは表紙デザインのラフデータが送られてきました。自分で印刷してみて、A4サイズの本に巻きつけて楽しみました。

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2008年6月11日 (水)

チェーン系アイスコーヒー飲みくらべ

原稿は残り8ページ! 連日の原稿書きのおかげですっかり四十肩になってしまって、周囲で同じように四十肩に悩む人々と「フォーティ・ショルダーズ」を結成しました。目標はシアトル・マリナーズに肩をもんでもらうことです。

久しぶりに晴れて気持ちのいい午後、とある企画のため、東京ミッドタウン・タワーの12階に並んでいる会議室のひとつに出向いて、アイスコーヒーの試飲をしました。テーブルに用意されていたのは、スターバックス、タリーズ、ドトールからマクドナルド、モスバーガーまで、10種類近いチェーン店のアイスコーヒー。

ミルクやガムシロップを入れずに1種類ずつ飲みながら、味の印象、苦みと酸味、香り、期待以上だったお店、がっかりしたお店などについてコメントしていったのですが、「雑味が多くてえぐい」「コーヒーじゃない。麦茶を混ぜたような味」「人工的で変な後味」「薄すぎて味がない」などと言いたい放題に感想を述べたものですから、ライターのかたに「前向きなコメントもお願いします(笑)」とたしなめられました。

もちろん、好みのタイプのがっしりしたアイスコーヒーもきちんとあったのですが、パンやドーナツを喉に流し込むためにごくごく飲むアイスコーヒーや、煙草の味に合う(?!)アイスコーヒーは、あまりしみじみと味わいたいものではなくて。ごくごく飲むならビールがいいです、などという関係のないコメントまで口をついて出てしまいました。フォーティ・ショルダーもアルコールでほぐれるような気がするし。

※先ほどメールで「東京ミッドタウン」がお疲れで「東京ミッドダウン」になっていますよ、と知らせてくださった方がいて、見直したら本当にダウン状態に……こっそり直しました。

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2008年6月 4日 (水)

不運1:幸運9

お仕事がらみの人と顔合わせをしたあと、駅ビルの中で買いものをして外に出たら小雨。目の前のタクシー乗り場の誘惑に負けて、自宅までタクシーで帰ることにしました。マンションの前に到着し、さて料金を……と思ったら、お財布がない! そして、お菓子を入れた紙袋が濡れて、大きな穴があいていることを発見したのです。

タクシーに駅まで引き返してもらう道すがら、「紙袋にお財布を入れてたんですか~?! ちゃんとそのバッグにしまわなきゃ!」と年配の運転手さんにたしなめられました。
「人通りの多い駅ビルに落としたとなると、もう誰かに持って行かれちゃったかもしれないですね。えっ、免許証もクレジットカードも入っているんですか…」と運転手さんは悲しげで、後部座席で私が「お願いですから、いい人が拾ってくれますように!」と両手を組み合わせて叫ぶ姿に苦笑していました。

タクシーには駅前で待っていてもらって、大急ぎで交番を訪ねました。しかし、お財布は届いていないとのこと。遺失物の届け出を書くのはどうしてあんなにめんどくさいのでしょう。おまわりさんがつきっきりで一項目ずつ説明してくれました。

その足で駅ビルに確認しにいくと、なんと、警備室に届いていたのです。細かく中身をあらためさせられましたが、なくなっているものは何ひとつありません。受け取り確認の作業もやたらにめんどうでしたが、今度は喜びでいっぱいですから気になりません。

交番にお財布発見の報告に行き、4人のおまわりさんに「よかったですねー!」といっせいに祝福され、タクシーの運転手さんには「奇跡ですね! いやあ、あるんですね、こんなことが!」と我がことのように大喜びされました。彼は彼で、ただ乗りの不安におびえていたのでしょう。

不運だったのか幸運だったのかよくわかりませんが、いろいろな人の祝福の言葉のおかげで、不運の数倍の幸運に恵まれたような錯覚に。再び家に向かうタクシーの後部座席で「どこかの親切な人、ありがとうございます!」と熱く感謝の言葉を捧げたら、運転手さんにも熱く同意されました。

その彼にも3回分の乗車料金と待ち時間分の料金をお支払いして、幸運のおすそわけをしました。降りる前に、お財布は無造作に紙袋に放り込まずに、必ずバッグにしまうことを固く誓わせられましたが。

不思議だったのは、必ずみつかるはずだという妙な確信がずっと私の中にあったことです。

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2008年6月 2日 (月)

イソップのコウモリ

本の原稿書きが……終わりません……。そんななか、急に照りつける太陽にくらくらしながら、六本木ヒルズにあるJ-WAVEのスタジオに行ってパンケーキについてのコメントをよろよろと話してきました。流暢には、永遠に話せません。

ネルドリップの珈琲店と、コーヒープレスを採用するカフェ。ネルドリップ店主にむかってうっかりプレスの話をすると、いったいどこの星から来た人ですかという顔をされがちです。いっぽう、プレス店主にネルドリップの魅力を語ると、いったい何時代からタイムスリップしてきた人ですかという顔をされてしまうことがあります。

ふたつの相容れないコーヒー哲学。TPOに応じてどちらのコーヒーもおいしいと感じる私は、イソップのコウモリなのでしょうか。

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2008年5月26日 (月)

ハワイ島の旅情報

下のコメント覧にハワイ島情報のおたずねをいただきましたが、コメント覧ではリンクがうまく張れないので、こちらに書きますね。 ごめんなさい、ハワイ島旅行記を綴ったブログは、ブログ移転の際に消してしまったのです。

もしけいこさんが私のように、ファミリーやブランドショッピング好きの人々でにぎわう大型リゾートホテルのいかにもツーリスティックな雰囲気が苦手なら、ぜひ、静謐で美しい、ハワイ情緒豊かなB&Bに滞在なさることをおすすめします。最適のガイドブックはニック加藤の「B&B HAWAII」。私のハワイ滞在のバイブルです。Amazonでも購入可能。

一昨年、私たちがハワイ島で滞在したしたB&Bは以下の2つ。どちらの宿もホームページの写真よりもはるかに美しいので、どうぞ実物をご堪能ください。予約は直接メールでどうぞ。私の悲惨きわまりない英文でもちゃんと予約できましたので、文法間違いを気にせずお気軽に。Aloha!で始まる返信が届くでしょう。

HOLUALOA INN(ホルアロア・イン)
http://www.holualoainn.com/

ハワイ島の西側、コナのコーヒー農園地帯に建つ、素晴らしいB&Bです。2人で1室、1泊300~400ドル前後。これは部屋ごとのお値段なので、1人分はこの半額ですね。コナの町なみと海を一望するロケーションも最高です。

Shimpan House(シップマンハウス)
http://www.hilo-hawaii.com/

ハワイ島の東側、ヒロの町にある、これも素晴らしいB&Bです。2人で1室、1泊200~300ドル前後。作家ジャック・ロンドンが宿泊したことでも知られ、ジャック・ロンドン・スイートという部屋があったり、1階ラウンジにはハワイ王朝最後のリリオカウラニ王女が弾いたピアノが置かれていたりと(私も弾かせてもらいました)、由緒あるハワイの情緒が楽しめます。

B&Bを楽しむならレンタカーが必須ですが、日本でハーツやダラーなど大手レンタカー会社のホームページから予約申し込みをしておくと、現地での手続きが簡単です。

きっと火山国立公園にも行かれることと思います。私は友人に教えてもらったポイント、ハレマウマウで女神ペレに白いピカケの花で作られたレイを捧げました。レイは、日系人のおばあちゃんたちがいるヒロの花屋さん、エベスガワシスターズで購入。

ハレマウマウ情報
http://www.pacificresorts.com/webkawaraban/powerofhawaii/050616/

友人に教えてもらった、素敵なおばあちゃんのやっている小さなマラサダ屋さんとか、ヒロの当たりレストランとか、スクラップブックと日記を掘り起こせば情報が出てくるはずなのですが、ごめんなさい、いま、余裕がないのでこのあたりで。どうぞ良い旅を! コーヒーベルト地帯は朝夕は涼しいので、カーディガンをお忘れなく。

そうそう、カフェなら、コーヒー農園地帯を車で走っていると、薔薇色の壁のホテルの向かいに、「ホルアコア・カフェ」がありますのでぜひお立ち寄りください。猫嫌いでなければ。たしかディモンシュの堀内マスターも、どこかのエッセイにこのカフェのことを書いていらっしゃいました。この界隈ならコーヒーシャック、ALOHA ANGEL CAFEなどもおすめです。

また、島の北のほうまで車を走らせると、ハヴィという大変小さくてレトロな田舎町がありますが、コーヒーに強いこだわりを持つ素敵なカフェがあります。名前がいま出てこないけれど、行けばすぐにわかるでしょう。なにしろ本当に小さな町なのです。そしてこの町には強力なクリスタルショップもあります。

それから…もう、きりがないので、本当にこのへんで!

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2008年5月23日 (金)

けしき

けしき、という言葉はさまざまな意味に使われてきました。景色と書けば、自然界の眺めであるとともに、うつわを愛でる人々にとっては、窯変などがもたらすさまざまな表情を指すおなじみの言葉でもありますね。
気色(けしき)と書けば、気配のことを言う場合もあるし、趣がある、という意味でも使われるし、顔色を意味することもあります。

花をいけるカフェの店主が、「自分の記憶の中に“けしき”のない花はいけられない」とおっしゃるので、けしきという言葉の取り扱いに思い悩み、「けしきとは、イメージのことではありませんよね」「うん、違うね」「けしきとは、漢字で書くのですか、ひらがなで書くのですか」「それは考えすぎです」…などというやりとりをし、さらにあれこれ本を読んで調べていたら、よけいに取り扱いが難しくなってしまいました。どうやって原稿にまとめようかと腕組みする日々。刻々と締め切りは迫ってきます。

昨晩、実家の父と電話で少し話して、今年の夏はまた家族4人でハワイに行きましょうか、と言ったら、じつはおかあさんともまたハワイに行きたいねと話していたんだよと言います。一昨年はハワイ島+オアフ島だったから今年はカウアイ島に、それともマウイ島がいい? 行きたい島はある?と訊ねたところ、父が言うではありませんか。

「まだ、けしきがないから、もう少し待って」

「けしきがないって、どういう意味?! イメージがないってこと?!」と叫んでしまいました。父よ、味なことをいきなり言いださないでください。

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2008年5月20日 (火)

つんく♂さん取材

ひょんなことから、高輪にあるつんく♂さんの事務所におじゃまして、“食いしん坊インタビュー”をさせていただきました。黒いスーツに身を包んだつんく♂さんは親切かつシャープに受け答えをしてくださって、幾多のインタビューをこなしてきた達人の印象。

いくら彼の食いしん坊の側面をご紹介するための取材とはいえ、私とは住む世界がミスマッチすぎて接点がないのでは…という先入観があったのですが、なんと国産コーヒーの優しい風味がお好きで、沖縄本島のヒロコーヒーファームから豆を取り寄せて飲んでいた時期があったとのこと。食いしん坊のひきだしをたくさんお持ちのようです。後日、AllAbout上でご紹介させていただきます。

Gas_2 新しい本の入稿日がひたひたと迫ってきて、とうとう寝言でまで原稿を書いてしまったらしく、明け方に夫の爆笑で目がさめました。大きな声でカフェの紹介文を口走っていたそうです。

白い店内にはガストンがあり……という私の寝言に、夫が「ガス燈?」と聞き返し、「ちがーう、カフェのガストン!」と叫んだのを覚えています。
はっきりと目をさましてから、ガストンってなに、と脱力しました。私が知っているガストンは、学生時代に熱愛したバシュラールだけです。

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2008年5月17日 (土)

老婆心はたいてい裏目に

東京カフェマニアの「カフェのニュース」のコーナーには、さまざまなカフェから情報掲載のご依頼をいただきます。まれに、そのまま掲載しても応募者が来ないかもしれないと心配になる文章が送られてくることがあります。

たとえば、新しくオープンするカフェの人材募集の文章。お店の具体的なすがたには触れず、応募資格のところに「カッコいい生き方をしている人」と書かれています。
そのメールを読んでさんざん悩んだあげくに、老婆心のほうが勝って、「これではお店のことがよくわからないし、中にはあまり好意的なイメージを持たない人もいるかもしれないので、念のため書き直していただけませんか」と返信すると、いつも必ずそこでやりとりが終わってしまうのでした。

やはり主観的にすぎる老婆心、大きなお世話なのでしょうか。相手はわけのわからない意地悪をされたととらえているかもしれません。私は自覚的な意地悪や中傷は決してしない…というか、できないエゴイストなのですけれど。ひとは自分が発したものを世界から与えられるのだと、自分をふりかえっても周囲の人々を見まわしても実感してしまうから。

そのようなわけで、“少し書き直してみてねメール”が届いた方は、どうぞそこから悪意のようなものを汲みとろうとせず、「あ、そう?」程度に受け止めてご再考いただけましたらたいへん嬉しく思います。

あ、もしかしたら「カッコいい生き方をしている人」の応募多数で、そういうスタッフばかりが闊歩するカフェがオープンすることもあり得るのですけれど……私は勇気がなくてそのようなお店の扉を開けられそうもありません。

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2008年5月15日 (木)

帰国子女のレシピ

毎月連載している雑誌のレシピコーナーでは、あちこちのカフェにレシピを教えていただいています。
取材をおこなう前にお料理の段取りを把握しておくため、あらかじめオーナーにメモ書き程度の簡単な作り方を書いていただきます。それをもとにして、私がシェフにあれこれ質問しながら原稿にまとめていくわけですが、今月、取材をお願いしたカフェのオーナーはシアトル在住。

メールで送られてきた帰国子女ならぬ出国紳士の日本語は、かなりのイングリッシュ化を遂げていました。その文章の一例をあげれば、「長く細いネギをチョップして、フライパンでスターフライする」。

スターフライ……星揚げ?!
私も頭をかかえましたが、書いてくださったほうも、かなり悩まれたのではないかと思います。野菜や魚の名前の外国語訳って記憶するのが難しいですよね。上の文章の意味が「長ネギを小口切りにして、フライパンでさっと炒める」だと確信できるまで、英和辞書に何度も starfly だの stearfry だのとあてずっぽうに入力してみて、やっと「stir-fry」をつきとめました。

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2008年5月10日 (土)

ギャルリ百草@多治見

Momogusa

新緑がほんとうに柔らかい色をしている期間は、桜の花の期間とおなじくらいに短いものです。先月訪れたギャルリ百草は、ちょうど輝くばかりの新緑の中にあり、タクシーから降りたってそのみずみずしい空気を吸い込んだだけで胸がふるえるようでした。
複雑な山道をレンタカーで進む自信がなかったので、ひんぱんにタクシーにお世話になる旅でしたが、どの運転手さんも「一番いい季節にここに来ましたね」と声をかけてくれました。

多治見~伊賀・亀山~松阪のカフェを回ってきます、とブログに書いておいたら、ギャルリ百草ですね!とメールで当ててくだった方が数名。そして今日初めてメールをくださった「蕎麦とカフェの旅」がお好きだという50代の男性は、なんと上記の地名からギャルリ百草を筆頭に5軒のカフェの名前を挙げ、それが全部当たっているという素晴らしさ。おそれいりました。

ギャルリ百草の工房で安藤雅信さんが作るオランダ皿の造形が、どうして築100年を経た日本の古民家の空気に違和感なく馴染んでいるのか。その理由について、私は千利休がオランダ渡りのうつわを茶器に用いたことに始まる伝統などを考えていたのですが、安藤さんご自身に別の観点から詳しくお答えいただいて、すっと腑に落ちました。「マニアックな質問をしていただいて嬉しいです」との前置き付きで。

そのご回答を盛り込みつつ、新刊書の原稿書きを進めていますが、締切日とカフェのリストをもとにスケジュール表を作ったら、できるわけがありません!というペース配分。もう真っ青です。どうぞ楽しそうな遊びには誘わないでください。しくしく。

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2008年5月 7日 (水)

骨董カフェにて(2) バタアシ金魚

その骨董カフェでのこと。私の取材時間が終わるころに、店内に金髪の欧米人女性がひょっこり入ってきました。Japan Timesの裏面にコラムを書いているそうで、「おもしろいストリートの特集をします。このお店をのせてもいいですか?」と、なかなか達者な日本語で申し込みました。

店主は彼女が着ていたグリーンの「バタアシ金魚」のTシャツに目をとめました。金魚が好きで、緑色が好きだから、ユニクロで見たときに衝動買いしたと彼女は言います。えーと、金魚といってもそれは…と思っておりましたら、店主がひとこと。

「ぼく、高校のときその漫画の主人公に似てるって言われてたんだよね」

心の中で大笑いしてしまいました。彼女と店主の間で交わされる寸断スタイルの一問一答を聞きながら、なにしろ花井薫くんにインタビューするのであれば、すんなり一筋縄ではいきませんよねと、数分前まで同じような一問一答をしていた同業者として陰ながら彼女を応援しつつ。

彼女が「また来ます」と言い残してお店を出ていったあと、詳しく訊ねてみたら、店主は高校生のとき、先生に職員室に呼ばれて、バタアシ金魚を知っていますかと聞かれたのだそうです。先生いわく「女生徒が、この漫画の主人公が○○君にそっくりだから読んだ方がいい、と勧めてくれたのよね」

良いセンスの生徒がいたものです。

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2008年4月26日 (土)

遊形サロン・ド・テ~京都俵屋の洗練

Tawaraya

空間の美しさを大きなポイントにしたカフェでは、往々にして、小さなほころびで興ざめしてしまうことがあるものです。たとえば厨房に収納しきれなかった野菜や調味料の段ボールが、客席からよく見える位置に雑然と置いてあったり、ランプシェードの埃が目立ったり。もちろん、それが家庭的なあたたかさや、気取らない親しみやすさをチャームポイントとするカフェなら別ですが。

京都で訪れたこの美しいカフェには、すみずみまで作り主の眼がこまやかにいきわたり、ただのひとつも興ざめするほころびがみあたりませんでした。俵屋旅館が手がけたカフェの洗練と品格。新緑の輝く窓辺に、ウェグナーの椅子。

遊形サロン・ド・テ
(ただいま制作中の本のなかで詳しくご紹介させていただきます)
京都市中京区姉小路麩屋町東入ル
【TEL】 075-212-8883
【OPEN】 11:00~19:00、火曜日定休

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2008年4月21日 (月)

廃校を走り回る花嫁

香川の古民家カフェについて書いた先日のブログ。それを読まれた、ある小さな美しいカフェの女性店主○○さんから、「明日、ふたりで高松から直島の旅をするので、さしつかえなければ教えていただけますか? もし難しいようなら本の出版まで楽しみにしています」というメールをいただきました。

知らない人にお教えするのは躊躇してしまいますが、以前お世話になったカフェの優しいオーナーですから、喜んでお知らせしました。その返信に、「昨年、入籍しました」と書かれていたのです。

廃校になった田舎の小学校を借りて、花嫁自身が50人分の招待客にふるまうお料理をつくり、ライブ音楽つき(だんなさまはミュージシャン)、ビオワインつき(きっと飲み放題?)の結婚パーティをしたのだそうです。なんて素敵な舞台なんでしょう! 古びた小学校の教室に立つ白いウエディングドレス姿の○○さんを想像するだけで、ほかほかと幸せな気持ちになります。

「ドレス姿で、きしむ廊下を走り回ってました。けっこう笑えました」と、そのメールには書かれていました。お料理上手な○○さんのことですから、集まったお客さまはさぞかし喜んだことでしょう。

招待客が撮影した写真の数々が載っているというインターネットのURLを教えていただいて、クリックすると、純白のドレスに身を包んだ花嫁は、以前カフェでお話しした、たおやかな○○さんとは印象が変わっていました。正装用メイクをすると写真うつりががらりと変わる顔だちの人がいるものですよね。

しかし、もっとびっくりさせられたのは、横に立っているだんなさま。かつて私がカフェでお目にかかったパートナーとは……違う人なのです! いったいどなたと入籍なさったのかしら、と冷や汗をかきながらいろいろな写真をクリックして、全員丸顔ぞろいのご親戚たちの歓談風景など拝見し、「○○さんはほっそりしているのに、ご親戚は……」などとつまらぬことを考えているうちに、それが別人カップルの披露宴風景であることに気がつきました。

○○さんの友人は、ほかの新郎新婦の結婚式にも出席なさっていて、それもインターネット上に載せていたのです。別のページをクリックすると、私が存じあげている素敵なカップルが、なつかしい教室の風景のなかで、祝福する人々に囲まれて笑顔で寄り添っていました。黒板の前でスピーチする人々。机に飾られた白い薔薇。揺れるキャンドルの炎。

 * * *

4時間後には家を出て、またもやカメラ一式をひきずって朝7時発の新幹線のぞみに乗り、京都に行ってまいります。1日目は京都、2日目は多治見、3日目は亀山、伊賀、4日目は松阪の旅。東海地方のカフェ好きのかたなら、各地でどのカフェを訪れるか、ぴんと来るのではないでしょうか。

それにしても、亀山、伊賀、松阪の位置関係が全然わからず、今からYahoo!路線案内とにらめっこして電車の乗り換えと時刻を印刷したり、カフェまでの地図を印刷したりしなければなりません。また、睡眠不足で朦朧としたまま出発することになりそうです。

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2008年4月19日 (土)

小豆島の小さな偶然

Photo

ほんわか茶飲み日誌」では小さな写真しか掲載できなかったので、ヤマロク醤油のもろみ蔵の迫力をお伝えしたくて、こちらに別の角度から撮影した写真を載せてみました。上左の写真は高さ2m以上の大樽が並ぶ蔵の光景、上右はその杉樽の表面です。

このあとバスに乗って醤油博物館のようなところにでかけ、大樽の展示を見たのですが、それはもうはっきりと死んでいることがわかる樽でした。伝統的な醤油づくりは、生きている樽のなかで生きているもろみを育てるものなのだと実感できた瞬間。それが私たちのからだに入っていくのですね。食べものをつくる現場を見ることは、いつもなにかしら発見をもたらします。

Photo_2

案内してくださった森國酒造の高橋さんと、ヤマロク醤油の山本さん。なんとこのとき高橋さんも山本さんも東京に住んでいたことがあり、偶然に2人とも現在私が住んでいる町の隣りで生活していたことが発覚! 3人が駅ですれ違っていた可能性もあると思うと笑ってしまいます。ご近所さんの3人が、どうしてまたこのような小さな島で一堂に会しているのでしょうか。

そしてまた、森國酒造の美しいカフェを担当していらっしゃるのは、東京カフェマニアに掲載した求人情報をご覧になって、東京から小豆島に移住を決意した青年。都心のIT企業から瀬戸内の島のカフェへの転職には勇気が必要だったのではないかと思いますが、「求人を見たら、ぴんときた」そうです。島暮らしがすっかりなじんだようで、おそらくはこのままずっと小豆島で暮らしていくだろう、とのことでした。

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2008年4月18日 (金)

香川の古民家カフェ

Takamatsu

これまでテレビの取材も雑誌の取材もすべてお断りしてきました、というカフェが、あたらしい本のための取材を受けてくださって、その素晴らしい建物をじっくり撮影する機会に恵まれました。

むかし庄屋さんだった家系の10代目にあたる青年が「ひらめいて」、傷みの激しかった築180年の実家をカフェ&レストランに改装したもの。手前に写っているのは入口の門なのです! 正確には「門長屋」というのですって。

つばめがたくさん巣を作るこの門をくぐると、右手に米蔵、正面に母屋、裏手にもうひとつ蔵があります。椋(むく)の木の枝にはぶらんこ。カフェ&ギャラリーに生まれ変わったのは大きな米蔵で、ギャラリーにはオーナーのお好きな安藤雅信さんら5人の作家のうつわが展示されていました。

本への掲載はOKだけれどWeb上の掲載はNG、ということで、今回はイントロダクションだけご紹介させていただきました。本を作るときはいつも「本を買ってくれた人だけのお楽しみ」をなるべくたくさん盛り込みたいと思っているので、これも格好の「本だけスペシャル」になりました。

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2008年4月15日 (火)

不義理陳謝

Sewing_33

「心を亡くす」と書く漢字そのものの日々。大きな仕事と小さな仕事が入り乱れていて、「たしかそろそろお誕生日ですねおめでとうメール」をくださった方々や、本をお送りくださった方々や、その他もろもろでお世話になっている方々に、不義理をしております。本当にごめんなさい。

あと1ヶ月くらい、この「失礼なひと」を続けねばならないようです。正直なところ、1ヶ月で終了すれば上出来、という進行具合なのですけれども。

今週の水曜日からは、小豆島~高松へカフェの取材に行ってまいります。直島に立ち寄ってアート三昧を楽しむ余裕は、とうていなさそうです…。

6月からはのびのび、ゆるゆる、ふわふわと暮らそうと思っています。

この写真は、前回のブログでご紹介した桜の樹の枝につり下げられていたキャンドルホルダー。散った花びらと雨がグラスいっぱいに溜まり、桜のゼリーのようになっていました。

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2008年4月11日 (金)

ウクレレの音が裏庭から聞こえて

数年ぶりに訪れたカフェは、地面が桜いろ。

Sewing

ずっと桜の花が散る下で撮影していたので、帰りの新幹線のぞみの中でカメラのレンズケースを開けたら、桜の花びらが入っていました。

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2008年4月 9日 (水)

再訪

長いあいだ勤務した会社を辞めた年の秋、東京から大阪のカフェまで、ウクレレを習いに通っていました。1ヶ月に2回のレッスンで、先生ひとりと生徒ふたりだけののんびり初心者クラス。はるばる通うその酔狂ぶりに、周囲の人々もカフェのあるじもウクレレの先生もびっくりするやら笑うやら。

「東京にはウクレレ教室がないの?!」
と、もっともなことをみんなに言われましたけれども、私にとっては、そのカフェに通う理由があればなんでもよかったのです。あまりにも美しい場所だったから。

いま取り組んでいるあたらしい本のなかで、そのカフェについて綴るお許しを店主の方からいただくことができました。昨日のひどい天気+はずれのアロマテラピーのおかげで1年ぶりに風邪をひいてしまい、咳と微熱と頭痛でぼーっとしているのですが、明日の朝早くに、カメラと三脚をかついでなつかしい場所に行ってまいります。

初めてのウクレレのレッスンの日、それまで晴れていたのが急に激しいにわか雨が降ってきて、天国のような庭でレッスンをしていた私たちは、躁状態になってカフェの裏手の小屋に避難したのでした。

素敵に古い小屋の屋根からは、みごとな雨漏りの連続! 私たちのにわかレッスンテーブルの上に、大急ぎで雨粒を受けるたらいが置かれましたが、すでに笑いが止まらなくなっていた私たちは、ウクレレを鳴らしながらずっと笑っていました。その後、私たちのクラスは「たらい組」と呼ばれることに…。

天気予報では、明日その場所は「弱雨」。たらい組の生徒が再訪するのにふさわしいお天気に思われます。

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2008年4月 7日 (月)

視界のどこかで

国立へ、おいしいお菓子の取材にまいりました。少し早めに家を出て吉祥寺のmoiに立ち寄り、おいしいコーヒーとスコーンで勢いをつけてから。腕時計を横目で見ながらのカフェ時間でしたが、あわただしい時こそコーヒーの香りと快い苦みが頭をすっきりさせてくれるものですね。

国立駅前はみごとな桜並木。すでに満開は過ぎていて、光を受けた花びらの薄紅色と、花のあとに残ったがくの赤紫と、あたらしい葉の薄緑が入り交じる枝が遠くまでつらなる下を人々が行き交う光景は、半分夢の中のように思えました。

帰りの電車を待つあいだ、ホームに立っていると、視界のどこかで必ずひらひらと落下していくものがあることに気づきました。それは桜の花びら。風に吹き上げられてかるがるとビルの屋上を越え、また舞い降りてくるのでしょう。どこかでたえず白く薄いものが舞っている世界は、ますます夢の中のように思われました。

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2008年4月 6日 (日)

無境@銀座 魂の質量

Mukyo_book_2 コンフィチュール・エ・プロヴァンスの企画で、銀座ギャラリー無境のご主人、塚田晴可氏のお話を身近でお聞きする機会に恵まれました。

もともとコンフィチュール・エ・プロヴァンスの福田恵美さんの、集まったみんなを代表するようなシンプルでストレートな問い--「目利きには、どうやったらなれるの?」に気軽に答えましょうというかたちで企画されたお話会のようで、2時間のあいだに、飾らない言葉で素晴らしいお話と質疑応答がくりひろげられました。

「魂の質量」。塚田氏は何度もそうおっしゃいました。

私は新しい本のために、最近ずっと「純粋な“和”ってなに? 日本独自のかたちは本当にあるの?」ということについて考えておりましたから、それをそのまま塚田氏におうかがいして、足もとを明るく照らし出してくれるランプのようなお答えを得ることができました。みごとなタイミングで必要なキーワードをいただけて、とてもうれしい!

本日のお話をAllAboutカフェに掲載するご許可をいただいたので、後日まとめて(時間を要しそうですが…)ご紹介したいと思います。

うつわは見るだけではなく、自分の手で触れること。そして、できるならばそれを使って飲んだり食べたりしてみること--というわけで、お話会のあと、塚田氏がお持ちになった魯山人のうつわに一人ずつじっくり、べったりと触らせていただきました。

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2008年3月30日 (日)

長野のカフェと、街の相性

Cafe
YUSHI CAFE(ユーシカフェ)
長野県佐久市協和2379

長野で訪れたカフェは、2軒とも当たり。こんな完成度の高いカフェが、こんな静かな街に!と嬉しく驚いて、カメラを構えたとたんにアドレナリンがぱっとひろがりました。
店主に「まあ、おかけになって、コーヒーでも一杯」と笑われましたが、一刻でも早くこの魅力の断片を幾分かでも自分のカメラの中におさめなくては、という気持ちに動かされて、落ちついて座っていることができませんでした。

それにしても不思議だったのは、長野という土地にいるときの居心地の良さです。父の故郷だから? 子どもの頃に毎年2度は祖父母の家に遊びに来ていたから? 山々のふところに抱かれているから? この場所では呼吸するのがらくで、ストレスを感じません。

らくだ、と強く意識したのは旅館のお風呂に入っているとき。ふだんは長湯するとのぼせて疲れてしまい、すぐにぐったりと横になってしまうのですが(この体質は母ゆずり)、長く入っていても疲れませんし、湯あがりは元気。

沖縄、奈良、松江、瀬戸内の小さな島々……と、思いを寄せる土地はたくさんあるのですが、そのどれとも種類の違う、自分とフィットした感触を喜びました。

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2008年3月27日 (木)

神楽坂、六分咲き

Photo

東京に戻ってからも取材に出かける毎日が続いて、なかなかのんびり昼寝ができません。この短い季節、日々の外出の楽しみは桜です。今日は向島と神楽坂で桜のほころび具合を確認してきました。

午後2時ごろに空気の色が急に変わって、花冷えのヴェールがさっと街を包みましたが、神楽坂の路地はそぞろ街歩きのおばさまがたでにぎわい、通りがかりにのぞいた紀の善の店内は、彼女たちのおしゃべりで隙間なく埋め尽くされていました。

取材した2軒のカフェですでに甘いものをたっぷり食べていたのですが、思わず蕎麦屋に入り、ひとりで冷たい日本酒とせいろを楽しんだ午後4時。「桜の花にはせいろがよく合う」というのは桜にまつわる今年の発見。(「桜の花には日本酒がよく合う」というのはだいぶ昔に発見しました。シャンパンや白ワインも合いますね)

明朝から長野に行ってまいります。天然酵母パンのルヴァンが信州上田にもお店を開き、カフェが併設されているので取材させていただくことにしました。

自分が誰かにシンクロニシティをもたらすのは、実感はまるでないけれどちょっと嬉しいもので、今回の私は上田ルヴァンのカフェ担当のかたに「びっくり!」をプレゼントしたようです。

そのかたがたまたま『カフェの扉を開ける100の理由』を読んだ翌日に、東京のルヴァンの甲田シェフから「○日に川口さんという人が上田店に取材に行くからよろしくね」と電話がかかってきたそうで、その甲田シェフの電話の直後に、私がまた「川口と申しますが…」と電話をかけたものですから、偶然続きでびっくりなさったとのこと。

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2008年3月21日 (金)

福岡へ

Madam_an
上の写真はほんわか茶飲み日誌でご紹介した
「おうち菓子 madam an」の奥の
四畳半ギャラリー「くらしの器 夏草」

ばたばたしながら、明朝6:30羽田発の飛行機で二泊三日の福岡の旅に行ってまいります。まだ今日じゅうに片づけるべき原稿が終わっていないので、ちょっと青ざめています。

これから、取材を依頼してある福岡市内のカフェの住所や地図や予備情報や路線図を1軒ずつ印刷しないと。カメラや三脚の用意も旅行の準備も全く手をつけていないので、またもや寝ないで空港に向かうことになりそうです。すでにこめかみに頭痛がしています…。おいしいコーヒーを淹れて、気分を変えなくては。

福岡の1軒目は、昨年から食いしん坊の知人におすすめいただいている珈琲店、abekiです。

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2008年3月20日 (木)

マジック

Kimono

取材のために出かけた旅先で、うつわを買わないように…と自分を戒めてのぞんだ名古屋の旅でしたが、あらたな誘惑に出会ってしまいました。それは、カジュアルな着物。

着物のお店に行くたびに目を見はるのですが、お店のかたが、私には決して思いつかない取り合わせで帯や帯留めをぽん、と置く瞬間は、もうマジックとしか言いようがありません。「うーん、イメージがつかめない」と思って眺めていた反物が、最後の帯留めが置かれたとき、一瞬にして「あっ素敵!」に変わってしまうのです。

マジック。

プロとはなにか、という定義をときどき考えるのですが、仕事を通して大なり小なり人を喜ばせるマジックを使えるひと、と言えるのかもしれません。本人にとってはそれは魔法でもなければ仕掛けでもなく、ただ正直に仕事をした結果が、他の人間から見れば驚くような出来映えだったというだけのこと。

名古屋のカフェで、何人ものかたにそれぞれの美しいマジックをかいま見せていただきました。私の仕事はそのマジックの瞬間を見逃さずにとらえること、そしてそれを伝えること。伝えるときに小さなマジックをかけて。

…で、どうせ買っちゃったんでしょうとお思いでしょうが、こらえました。カメラと三脚だけで、小さなスーツケースがすでに一杯だったのです。

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2008年3月18日 (火)

名古屋・お茶と無茶の旅へ

朝7時30分に品川を発つ新幹線で、名古屋に行ってまいります。残念ながらあわただしい旅程で、2日で10軒ほどのカフェを訪れる予定です。また、無茶な飲食をしてしまうことは目に見えているので胃腸薬持参。

10軒のうち、新しく出すカフェの本のために取材のアポイントメントを取って時間をお約束しているのが6軒、それ以外のお楽しみがコメダをふくめて4軒。

お仕事なしに行くのだったら心から楽しめるのだけれど、ばたばたした準備や確認作業や緊張感で今夜は眠れなくなってしまいました。寝過ごすのが怖いので、結局このままずっと起きているしかないようです。ただいま午前4時20分。

1軒目におじゃまするのは月日荘。1ヶ月に10日間だけオープンするカフェです。お店の人々には「なんだかよろよろしている人がやって来た」と思われることでしょう…。

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2008年3月17日 (月)

日本のアイスクリーム「Tsubomi」

Tsubomi

東横線・白楽駅をぶらぶらしていたら、以前この町に来たときにはなかったお店をみつけました。Tsubomiと書いた和モダンな造りのアイスクリーム屋さん。通り過ぎることができずに入ってみると、並んでいたのは和の伝統素材を使った高級アイスクリームでした。

ほんのり白いのは「南高梅」のアイスクリーム、キャラメルと間違えそうなのは「きなこ」。そのほかに黒豆、黒蜜、栗甘露、抹茶、ほうじ茶、さくら小豆など。「日本のアイスクリーム」に混じって、フレンチバニラやマンゴー、キウイなどの洋の素材を用いたアイスクリームも鮮やかな色で目を引きます。

通常なら容器にカップかコーンを選ぶところですが、ここではコーンのかわりに「もなか」。これも和ですね。

Tsubomi_1

お店の女性におすすめを尋ねたら、「さくら」をすすめてくれました。桜の花の塩漬けが入っているのかと思いきや、桜餅の味に仕立てているのだそう。1カップに2種類入れられるので、もう1種類は「うぐいす餅」を選びました。こちらは求肥(ぎゅうひ)入りだとか。1カップ430円。

店舗の外のスペースに小さな椅子が用意されていたので、そこでいただきました。うぐいす餅のアイスクリームは、小首をかしげて噛みしめてみれば、なるほどぎゅうひの食感。やや重たい口どけですが、わかりやすく喩えれば「雪見大福の皮」ですね。甘さはずいぶん抑えてあります。さくらのアイスクリームは春らしい彩りとほんのりした桜餅の風味が魅力。こちらのほうが好みでした。

Tsubomi_2

Nihon no Icecream Tsubomi (日本のアイスクリーム・つぼみ)
神奈川県横浜市神奈川区斎藤分町207
【TEL】 045-488-5671
【OPEN】 11:00~19:30
【Menu】
カップアイスクリーム:2ディッシャー …\430
カップアイスクリーム・3ディッシャー …\520
もなかアイスクリーム …\380

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2008年3月14日 (金)

シロノワール序説

来週は2日間を名古屋で、3日間を日本コーヒー文化学会『街と喫茶店の未来を探る』のために福岡で過ごすことになっています。
福岡では、この会を主催される自家焙煎珈琲の名店「珈琲美美」の森光さんに久しぶりにお目にかかれるのが緊張しつつも楽しみです。名古屋では、まだ一度もコメダ珈琲を体験したことがないのは日本の喫茶人として失格(?!)ということで、コメダに参拝してまいります。

名古屋出身のひとに「いちばんコメダらしい店舗に入りたいのだけれど、どこのコメダがいい?」と訊ねたら、全部コメダらしいから大丈夫だと太鼓判を押されました。ドトールコーヒーのおすすめ店舗を訊ねるようなものだったかしら。

注文するものは心に決めています。かの有名なシロノワール。名前の由来については、日本語の白+フランス語の黒=「白Noir」であるという説が有力ですが、そのわけのわからなさに名古屋の不思議を感じるのです。冷たいソフトクリームをのせた温かいクロワッサン風パンだから、その温度のコンビネーションを白黒に喩えたのだとか?

しかし、もしかしたらシロはあのしゃちほこのいる「城」ではないでしょうか? 高くそびえるソフトクリームを城に見立てたのでは? そしてノワールは、ダークな色調に統一された虚無的な犯罪映画をさす「フィルム・ノワール」に由来するのでは? 食べる人をペシミスティックにさせる城、という意味で…。

Niftyのコンテンツの最高傑作『デイリーポータルZ』の中では、コメダファンのライターによる「コメダのここがすごい」が11項目も数えあげられていてます。
「スタバが南ならコメダは北。とにかくそういうことなのだ」

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2008年3月 6日 (木)

映画『おいしいコーヒーの真実』、断絶ということ

UPLINKからご連絡をいただき、雑誌の取材の帰りに、京橋にある映画美術学校で『おいしいコーヒーの真実』の試写を観てまいりました。

「毎日の1杯から知る、地球の裏側。」とサブタイトルのついたこのドキュメンタリーは、コーヒー発祥の地エチオピアで貧困にあえぎながらコーヒーを作る人々と、なんとかして彼らを救おうと、フェアトレード・コーヒーへの理解を求めて西欧諸国を奔走するタデッセ・メスケラ氏の姿を追います。

コーヒー生産と取引にまつわる根深い搾取の構造については、これまでにも何冊かの本を読んでおおよその事情は理解しているつもりでしたが、映像の訴求力はより直裁に人々の表情を伝えてきます。

Photo_2何よりも衝撃を受けたのは、スクリーンの中で淡々と切り替わる生産国と消費国の風景の落差でした。その両者の、徹底的な断絶。

コーヒー豆は、たしかにエチオピアの農民たちの埃まみれの手で作られたはずなのに、イタリアのバールで、illyのオフィスで、スターバックスの店内で、あるいはシアトルのバリスタ・チャンピオンシップ会場で人々がそれを手にするとき、あの絶望的な労働に従事する人々の姿は背景からきれいさっぱり消え失せ、ひとかけらも残っていないのです。まるで焙煎されるときに不純物として除去されてしまったみたいに。

映画は5月31日(土)から渋谷アップリンクXでロードショー開始。おいしいコーヒーやカプチーノを愛する人々に、ぜひ観ていただけたらと思います。日々、私たちが無造作に口にしている1杯の中になにが溶けこんでいるか、いやでも気づいてしまうでしょう。

映画の公開日が近づいたら、また新しい情報などお知らせします。

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2008年3月 5日 (水)

入稿!

Maka_03 『屋上喫茶階』、本日午後に無事入稿しました。ばたばた。

本を予約してくださった方には、先着順に、なんとデザイナー伊藤さん手作りの特製屋上マッチがプレゼントされるそうです!

左の写真は数年前に制作された“電灯マッチ”。中央のスイッチがちゃんと押せるように作ってあるんですよ。

本の発売日は4月6日ですが、書店には3月末に並ぶものと思われます。しかしこのさい、ぜひ、版元の書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)さんに予約して、素敵な屋上マッチとともに手に入れてくださいますよう。※予約方法などは詳細が決まり次第お知らせいたします。

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2008年2月24日 (日)

リバーシブル

そのみつの靴ができあがり、日射しがほこほこと背中をあたためる午後、お店に靴を受け取りに行きました。なにげなしに「川口さんのサイトを見てますよ」と言われて赤面。カフェ以外のお店でそんなふうに言われるのは予想していなかったので。でも、素敵な靴屋さんとおいしいコーヒーはよく似合うような気もします。

新しい靴は春めく朝にデビューさせようと思っていましたから、土曜日の朝は恰好のチャンスに思われました。着るものを一枚減らし、美しいブルーグリーンの靴を履いて出かけたのですが、じつはその日は、春と冬とがリバーシブルになっている一日だったのです。午後から日が翳って頬を切るような強風が吹き荒れ、街角では立て看板が次々に倒れ、コンビニエンスストアのビニール袋はビルの看板よりも高く舞い上がり、空は黄みがかった灰色。夕方、渋谷のまんなかで凍死しそうになりました。

今朝がた食いしん坊の知人から届いたメールにも、「先ほど首都高速を走っていたら、都内の空が飛び砂で黄色くなっていました」との一文が。そして夫は夕方に「耳の中が砂埃だらけになった気がする」と言いながら帰宅。砂嵐とともに、冬と春がめまぐるしくリバースする季節に入ったようです。

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2008年2月21日 (木)

屋上喫茶階:本のジャケット見本

Photo 朝いちばんに郵便屋さんが新しい本のジャケット見本を届けてくれました。まだデザインが決定したわけではないけれど、実際にこうして手で触れることができるようになると、いよいよ本ができあがってくるという小さな興奮があります。

水色の表紙の本がつくりたいと思っていました。それも春の空のような、眠たげな水色をした本が。

3月下旬に発売(祈願)の1冊、『屋上喫茶階』のアートディレクションとデザインを手がけてくださっているのは伊藤修一さん。マカシラ・ハログナでおこなわれた「喫茶展」を訪れたときに、彼が創るマッチアートにひとめぼれしたのが依頼のきっかけでした。

しばしば、書き手の「この文章はここで改行しなければ台なしになってしまう」などという信念と、デザイナーの「このページにはこの枠内にこれくらいの文章量が入ると美しい」という信念はぶつかりあうもの。
ご自身のセンスと私のわがままな要求とが折り合う着地点を辛抱づよく探りながら、長期間にわたる作業におつきあいくださっている伊藤さん。本文の中から「屋上者よ、それぞれの空を見上げよ。」という言葉をピックアップして、帯にぽんと置いてくださったのも彼でした。

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2008年2月20日 (水)

○○より恥ずかしいもの

さまざまな人々の自宅の本棚を写真におさめて一冊の本をつくるという興味深い企画があるそうで、お世話になっている編集者さんから協力を依頼され、玄関と廊下に置いてある小本棚と文庫本棚なら…と、限定OKしました。

Hondana本棚を他人に見られるのは、脳の中の隠している部分までのぞかれるようで恥ずかしいもの。私の部屋に置いてある2つの大本棚など決してお見せできません。

編集者さんが同じ企画を依頼した有名エッセイスト&タレントの女性Aさんの反応は、「裸を見られるより本棚を見られるほうが恥ずかしいです!」というものだったそう。彼女の気持ちがよくわかります。

編集者さんいわく、「正直なところ、裸のほうは見なくて結構ですから、ぜひ本棚を見せていただきたかったのですが…(笑)」

左の写真はうちの玄関にある英国アンティークの本棚。
これくらの位置から撮影なさるのだろうと気軽に考えていたら、カメラマン氏は本棚のガラスの扉を開けて三脚をすえ、真正面から背表紙の列を赤裸々なアップで撮っていらっしゃるではありませんか! しかも1段ずつ順に丹念に撮影なさっていくので、立ち会う私は冷や汗の洪水。

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2008年2月19日 (火)

粉焼き上手はリカバリー上手

同志が1名増えて女性5名になった「ほそぼその会」。メンバーがひとりで立ち上げた小さな出版社から「ラジオピープル・ブックス」シリーズが発行されたお祝いのため、スペシャルゲストに親切なもんじゃ奉行をお迎えして下町の有名店に出かけました。お奉行さまの背中に、カルガモのヒナのようにくっついて。

ほそぼその会とは、世の中に流通している勝ち負け・経済優先の価値観ではなく、自分のものさしにしたがってほそぼそと元気に生きていこうとする人々の、だからといってなにをするわけでもない集まりです。それぞれが自分の道を自分の歩調でほそぼそと元気に歩んでいる姿を見られれば幸せ、というひととき。

お奉行さまはもんじゃ的に由緒正しい月島の生まれ。幼年時代に、銭湯でひと風呂浴びた父親がもんじゃ屋さんに直行し、冷たいビールともんじゃで至福のひとときを過ごすのを眺めていたという記憶をお持ちでした。

Monjaその彼が鮮やかな手さばきで進行してくれたフルコースは以下の通り。
(1) 前菜: もんじゃ
(2) プリモ・ピアット(第一の皿): お好み焼き
(3) セコンド・ピアット(第二の皿): 鉄板焼き
(4) 主菜: もんじゃ
(5) ドルチェ: あんこ巻き

高度に洗練されたコース内容です。この達人的フルコースをひとことで言えば、要するにすべてが同じソース味!
途中、隣のテーブルのあわて者が熱い鉄板の上に生ビールをぶちまけ、盛大なジュージュー音とともにお店中にお酒の匂いを漂わせて、香りのアクセントをつけてくれました。

お奉行さまの迷いのない手さばきをまじまじと見つめていたおかげで、「粉焼き上手はリカバリー上手」という真理を発見しました。もんじゃ焼きであれお好み焼きであれ、粉ものを焼くのが上手なひとは、焼いている途中で作品が不恰好になりかけることがあっても、さりげなく修正して最後にはきちんとした完成形にもっていけるのですね。

* * *

ラジオピープル・ブックスの扉には、「雨は懐かしい友人を連れてくる」という言葉が書かれているのだそうです。(「そうです」というのは、いかにもほそぼその会らしく商売下手な彼女が、その場で私たちに売ってくれればいいものを、1冊しか持参していなかったため)

雨は懐かしい友人を連れてくる--そのフレーズは、静かにあたたかく胸に沁みました。春の明るい薄緑色の雨が降る日に、私は懐かしい誰に会いたいだろうかと考えてみたりします。そして、ラジオピープル・ブックスから誕生した本の著者のもとには、本当に懐かしい友人からの連絡が次々に舞いこんでいるのだそうです。

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2008年2月13日 (水)

月の裏側

先週、あるカフェのスタッフからメールをいただきました。しばらく前にそのカフェのオーナーが亡くなり、賃金が未払いなので、遺族を相手に法的措置を取るつもりであると。その準備として、スタッフ側に情報が少ないので、私がオーナーに取材した際の情報を少しでも教えてほしいとおっしゃるのです。

オーナーが他界された理由を尋ねると、遺族によれば埠頭近くの海で水死体で発見されたらしい、との返信がありました。あまりのことに、言葉もありませんでした。そしてスタッフのメールの中に、故人の死を悼む言葉が見当たらなかったことにも、胸がえぐられる思いでした。

私がお店にうかがったのは昨年、オープンしてから2週間もたたないころでした。飲食店の経験がまったくない個人が開いたカフェにありがちなことですが、まだ、取材するタイミングには少し早すぎたように思われました。
フードビジネス開業スクールで基本を学び、プロのデザイナーに依頼してセンスの良い小さな空間ができあがったものの、実際にお店をスタートさせてみると予想した通りにはいかず、適切なアドバイスをしてくれる同業者のつながりもなく……という混乱した状態で、まだ最初の波を乗り越えていなかったのです。

オーナーご自身は謙虚でたいへん魅力的なかたでしたし、ご年配の常連客がつき始めて、どんなワインを置くのがよいかなど、あれこれ指南してくれているようでしたから、お店はひとやま乗り越えれば順調に進むのではないかと思われました。半年後、お店が軌道にのって安定してきたころにもう一度おうかがいしますねと約束して、私はそのお店をサイトにまだ掲載せずにおくことにしました。

その「半年後」が訪れることは、なくなってしまったのです。その後何度かオーナーとやりとりしたメールには、日々の苦心と、でも笑って乗り越えるつもりですから、またお店に来てくださいねという前向きな言葉が綴られていたのですが……。もはや、ご冥福をお祈りしますとしか申し上げることができないのが、あまりにも、あまりにも悔やまれます。

本当は書かずにおくつもりだったのですが、何日過ぎてもこのできごとをうまく飲み込むことができずにいて、頭の整理のために迷いながら書いてみました。でも、やはりうまくいかないようです。

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2008年2月 8日 (金)

肘部管症候群

治らない左手の小指と薬指のしびれ。「手の外科」という専門の整形外科医に診ていただいたところ、首や肘のレントゲンからは異常がみつからず、軽度の「肘部管症候群」と診断されました。

肘のところを走る尺骨神経を傷めたので、指にしびれが出ているのだそうです。その原因はまことにばかばかしいものでした。長時間、牛乳を飲むときのように左腕を直角に曲げ、腰にあてていたから……。
数日間PCにむかって、何千枚もの写真を整理するあいだ、右手でひたすらマウスを動かし、左手はずっと腰にあてていたのです。それが神経を圧迫する結果に。なんてまぬけなんでしょう。

先生によれば、たとえば頬杖をつきっぱなしというのも、肘の神経にとっては負担になるのだとか。学生時代には講義中ほとんど頬杖をついて過ごしていましたが、よく同じ症候群にならなかったものです。

一時期は手に全く力が入らなくて困ったのですが、現在は力が戻り、しびれが残っているだけなので、ビタミンB12を服用するほかはとくに何もせず、経過をみましょうとのこと。

病院で診察を受けるというのは、長い待ち時間といい、調子の悪い人々が集まっている空気といい、心身がぐったりと消耗するものですが、診察のあと下北沢の本多劇場にすべりこみ、春風亭昇太師匠の「オレまつり」初日を聞いたら、壇上から放射されるパワーと熱がいっきに淀みを吹き払ってくれました。花粉症の寿司屋というばかな噺に笑いすぎて涙がにじむ始末。
終演後に4人で適当に入った居酒屋もなかなかの当たりで、おいしい肴をいただきました。

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2008年2月 4日 (月)

濃く鮮やかな一日

Yukidaruma

大雪の翌朝のみごとな青空の下、有機物も無機物もみな、なんという色の濃さ、鮮明さ。朝の散歩に出てきた犬の背中も、日射しを浴びて濃くぴかぴかに光っています。きっと私自身も、冴えた大気を呼吸して歩く有機物の一員として、いつもより濃い色をしていたのでしょう。

左手が24時間しびれたままなので、信頼のおける先生を紹介していただいて治療に。初めての街にバスで向かったので、予約した時間より40分も早くついてしまいました。いつもならカフェを探すところですが、住宅街の風景が面白く、小路に入っていって雪だるま探しをして楽しみました。

道路の日陰側に雪だるまが2つ。日なた側にはほころんだ白梅の花。溶けた雪のしずくが、柔らかな花びらの上にもつぼみの下にも、午前の光を受けて輝いていました。

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2008年1月29日 (火)

YAFFA ORGANIC CAFE閉店

原宿にある屋上カフェ、YAFFA ORGANIC CAFEがテナントビル側の事情により、今月20日にいったん閉店したようです。移転して新しくオープン予定とのこと。良い場所がみつかるといいのですが。

渋谷の屋上カフェや、二子玉川の屋上カフェも、ビル側の都合により今年度中に移転するかもしれないとのお話。老朽化したビルの建て替えにともなう移転の場合もあるし、ビルのオーナーが替わり、新オーナーが飲食店の入居を好まない人だったりすると、早めに出ていってくださいねと申し渡されてしまう場合もあるようです。

ダンス。街とカフェと私たちの、はかないダンス。

左手についてメールでご心配くださった皆さま、お心づかいありがとうございます。あいかわらず小指と薬指がしびれたままですが、良くならないかわりに、幸い悪化もしていません。グリニッジ標準時にあわせて寝起きするのをやめて、日本時刻にあわせた健康的な生活を心がけています。

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2008年1月25日 (金)

東京のあちこちで富士山を眺める

雪が降った翌日の東京は空気が冴えて、鋭い角を持ったかがやく金属の粒子が宙を舞っているように感じます。

午後5時30分ごろに息をのむような深々とした色彩の黄昏がおとずれて、マンションの窓のむこうにひろがる夕空に、富士山の濃紺の稜線が力強く浮かびあがりました。音楽が響いている部屋をガラス1枚隔てて、西空を染めあげている限りない静寂。宇宙の闇に溶けこんでいく色彩の輝き。

遙か彼方でなにか美しいものが展開されている、という状況はなぜこうも心をかきたてるのか? 窓辺に腕組みして立ったままひたすら眺めていたので、カメラを構えるのが遅くなってしました。

夕食前に受信したお仕事の打ち合わせメールの中に、「先ほど夕焼け越しにキレイに富士山が見えました」という一文がありました。きっとさまざまな人々が東京の各ポイントから、あの夕景を眺めて心にとめていたんですね。

お正月以降、左手がしびれたままで、あまり感覚がありません。指は自由に動かせるのでキーボードを打つのは困らないのですが、うまく力を入れることができず、「ものを開ける」という動作がちょっと不便です。

お菓子の袋を両手でひっぱって開けることが難しくなってしまい、料理バサミで切るしかありません。ずっしり重たいル・クルーゼのお鍋を持ち上げて、シチューの最後の残りをうつわにあけることもできません。

症状が一時的なものなのか、それとも重大な原因があるのか、まだわかりませんけれども、ふと、お年寄りになるとこういう状態が通常なのかしらと思い、大島弓子の名作『金髪の草原』など思い出しています。

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2008年1月11日 (金)

木を見て森を見るな

ポストイットに「木を見て森を見るな」と書いて、PCのディスプレイに貼りつけました。自分への忠告です。

片づけるべき仕事の全体量を見渡したら、どこから手をつければいいのか見当もつかずに呆然としてしまったので、最善の解決策としてとりあえずコーヒーを淹れてみました。今月楽しんでいる豆は、年末にメールオーダーした札幌の素晴らしいカフェ、森彦のフレンチマンデリン。(発送方法を「メール便」に指定すれば送料210円で済みます)

コーヒーの香りに包まれているうちに、ひらめきが降りてきました。仕事の森を1本ずつの木に分割して、リストを作成すればいいのです。このリスト作成作業が意外に楽しいのはどういうわけかしら。

リストアップができたら、いま目の前に立っている1本の木だけに向き合うこと。その木のてっぺんまでよじのぼって、降りてきたら次なる1本へ。こつこつとその作業を繰り返していくしかありません。森全体は決して見ないこと。見たらすっかりいやになって、またコーヒーを淹れに立ち上がってしまいますからね。マンションの大掃除のときに発見した必勝法です。

しかしこれは、なんと高い木なのでしょう。この1本を森に見立てて、また分割する必要がありそうです…。

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2008年1月10日 (木)

今ごろ明けました

「お正月の休み明け」が、私の場合は今日でした。まともな世界の方々は、とっくにひとまわり先を走っていらっしゃいました。ごめんなさーい。
1周遅れで歩き始めましたが、まだ歩調が世間の勤勉さと合っていないようです。これが自分本来の快適な歩調のような気がしたりするのは、まだボケているのか、それとも真実に気づいてしまったのか。

4日からは私の実家、日立に行き、またもやまったりと過ごしていました。両親と夫と4人で映画を観に出かけたり、母がどこからか「脳の老化防止には麻雀がよろしい」と聞き込んできたらしく、20年ぶりだという麻雀につきあわされたり。

夫と私は麻雀のルールがわかっていないので、父が運転する車の後部座席で入門書を1冊ななめ読みして、あとはすぐにOJT。最終的な勝負は夫が、たっぷりドラがのった父の役満にふりこむという悲劇を2回繰り返して大敗しました。ふりこみ王子、と呼ばれたのは言うまでもありません。

しかし、夫に「4位のひとの賞品はこれ」と父からプレゼントされたのは、稀少なシングルモルトの17年熟成もの。東京に戻ってきて、ふたりで乾杯してちびちびといただいたのですが、たった1日でずいぶん減ってしまったのは、きっと夜中に妖精さんたちが100人くらい集まってきて新年会をしたせいなのでしょう。

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2008年1月 3日 (木)

ブセナテラスの新年、夢の反省月間

Busena_2

大晦日から沖縄へ。夫と、80歳になる義父、70代の義母といっしょにブセナテラスに泊まり、お正月の3日間を過ごしました。
思いがけず低い気温。とはいえ、東京よりはるかに暖かだったのですが、沖縄が初めての義父の頭には、一般的な沖縄のイメージとは少し異なる印象が描かれてしまったようです。

今回はシニアの体力とリズムに合わせて、最長のホテル滞在時間を記録。夫とふたりの旅行ではいつもホテルにいる時間が短く、夜遅くまで路地裏のバーを彷徨したりするのですが、義父母をそんなことにつきあわせるわけにはいきません。

初日の夕食、メインダイニングでのコース料理がシニアにはおっくうだったらしく、2日目の夕食の相談をすると「もう一度きちんとした格好をして部屋の外に出るのは……」と顔を曇らせたので、2度目の夕食は義父・義母の部屋にルームサーヴィスをお願いしました。写真の二段重ねの銀色の蓋を開けると、白身魚のグリルと、牛肉のポワレが現れます。

Busena2

ルームサーヴィスはブセナの呼び方に従えば「インルーム・ダイニング」。まず、そのメニューの種類豊富なことに驚かされ、それから、丸テーブルに料理を運んできた白服スタッフが、部屋に入ってくる前にていねいに靴を脱いだことに驚かされました! わざわざ脱がなくてもいいですよと義母が声をかけましたが、
「いえ、必ずそうするよう決められていますので」 
と礼儀正しくおっしゃるので、食べ終えたテーブルを下げるときもやっぱり靴を脱いで入室していただきました。

このホテルでは、コンシェルジュはバトラーと称するのですね。部屋から各種サーヴィスへの電話もすべて“バトラー”ボタンで呼び出せるのですが、電話するたびに開口一番、「はい、川口さま! こちらバトラーサーヴィスでございます」と明朗な声で名前を呼ばれるのが、なるほどバトラーな感じ。

新年のカウントダウンもホテルのイベントで。両親が就寝してから、若輩者ふたりでホテルの海に面したバーに座り、カウンターで揺れている蝋燭の炎に泡盛のグラスを透かしたり、風の音に耳を傾けたりして静かな時間を過ごしました。ブセナがちょうど10周年だそうで、女性バーテンダーに勧められたまろやかな10年古酒をいただきました。

眠りのあいだに見る夢は、昨年末から反省月間が続いていて、これまでの人生を何十年もさかのぼり、自分の未熟さや愚かしさ、本心をごまかしてうやむやに終わらせたことなどを、うんざりするほど振り返らされています。
同じ水たまりに2回足をつっこまないでね、と夢が教えてくれているのでしょうか。あるいは、わかってはいるもののちっとも進歩しちゃいない、というあたりを指摘されているのでしょうか。

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2007年12月25日 (火)

クリスマスの光

Xmas01

24日の夕方、予想に反して満員の日比谷シャンテシネで、イエス誕生までのマリアとヨセフの物語をけれん味なく描いた『マリア』を観たあと、皇居~丸の内~東京駅と連なるクリスマスの光を巡って二人で散歩しました。

風のない暖かな夜で、日比谷公園から銀座界隈にかけては、同じようにイルミネーションからイルミネーションへとそぞろ歩きを楽しむ老若男女でいっぱい。いつのまに東京はライトアップ都市に変貌していたのでしょう。通りには穏やかな空気が満ちて、雑踏の中からときおり耳に飛び込んでくる声は機嫌の良さそうなトーン。

トウキョウ・ファンタジアを開催中の日比谷公園の噴水広場には日本一の高さ、42mのクリスマスツリーが輝いています。また、今年の大掛かりな光のスポットのひとつ皇居外苑では、地球・環境・平和をコンセプトにした光の祭典「光都東京・ライトピア」の一環として、照明デザイナー石井幹子が手がけたアンビエント・キャンドルパークを開催中。700灯のLEDキャンドルが柔らかな光の列をつくっていました。

Xmas02

ブランドショップが軒を連ねる丸の内仲通りの街路樹のイルミネーション・カラーはシャンパンゴールド。“より少ない電力で光度を高めた新しい技術”なのだとか。通りの両側には本物のパンジーの花を集めた美しいクリスマスツリーが並び、そこかしこでスナップショットを撮影しあう光景が展開されています。ツリーに鼻を近づけて柔らかな花びらの匂いをかいでいたら、初々しいカップルに「すみませーん、撮っていただけますか?」とカメラを差し出されました。

高層ビル群の中で初めてクリスマスを迎えるのが新丸ビル。館内のクリスマス装飾はシックで落ちついた印象でした。買い物をして外に出ると、真正面の東京駅舎の左肩から満月がのぼったところ。下の写真では満月が二つあるように写ってしまいましたが、左側の白いほうが月です。

Xmas03

クリスマスごはんを食べて帰宅し、早めに就寝したのですが、午前3時にふと目が覚めてベランダに出てみると、ひっそりと寝静まった世界の天頂で、満月は巨大な円環をまとっていました。みごとな月暈。退色するので日光浴させられないローズクォーツの指輪やピンクオパールのペンダントなどをベランダに並べ、しばし月光浴してもらいました。

Xmas04

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2007年12月21日 (金)

炊飯器タルトタタン

Cake1

箱いっぱいに送られてきたリンゴが少しぼけ始めたので、つねづね興味を抱いていた「炊飯器でお菓子作り」に初挑戦してみました。失敗要因の少ないタルトタタン。

作ってみたら、想像以上の簡単さ! 小麦粉をふるうことさえしませんでした。最初にリンゴ2個をスライスして、グラニュー糖、バターといっしょに炊飯器に放り込んで炊きます。それから、小麦粉、卵、ベーキングパウダー、バター、牛乳を適当に混ぜた生地をその炊飯器に放り込んでもう1度炊いたら、できあがってしまいました。

原稿を書きながら作るには最高のスイーツです。お鍋につきっきりで林檎を混ぜながら煮るというわけにはいかないので。各素材の分量も「だいたいこんな感じ?」で済ませてしまいましたが、それでもなんとかなってしまうのが炊飯器スイーツの嬉しいところ。次回はもう少し炊飯時間を長くして、リンゴを飴色にしようと思います。

Cake3

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2007年12月17日 (月)

メタモルフォーシスの日々

メタモルフォーシス、またはメタモルフォーゼスと名づけられた乳白色の水晶があります。世界でたった2つの鉱山からしか産出されない水晶。メタモルフォーシスにガンマ線を照射すると深い緑色に変化し、また高温で熱すると緑色を帯びた金色に変化することから、石を読む人々の間では「変容」をもたらす水晶として知られています。

そのメタモルフォーシスのエリキシルが何気ない顔をして私のもとにやってきたのは11月初旬のことでした。私はメタモルフォーシスにさしたる関心を抱いていなかったのですが、贈り主は私に手渡しながら「これはたくさんの人に大きな変容を引き起こしてきました」と優しい声で言ったものです。言外に"覚悟はできていますか?”というメッセージを潜ませて。

沖縄で携帯電話をなくし、それに伴って各方面の連絡先をなくしてしまったとき、真っ先に頭に浮かんだのはメタモルフォーシスのことでした。慣れ親しんだものを失う、というのは変容の非常にわかりやすいサインだから。

そしてこの2週間ばかり、どういうわけか駆り立てられるように大掃除と部屋の模様替えに取り組んでいます。夫にも手伝ってもらって、5~6年に一度という家中の大掛かりなレイアウト変更がいまだに進行中。これもメタモルフォーシスの影響でしょうか。

さらに昨日、3年間酷使してきたデスクトップPC「アテネ君」(命名者は夫)が、なんと突然ご逝去あそばしました。Windowがどうしても立ち上がりません。サポートセンターに連絡したら「その症状ですと、できることはたったひとつ、全てを初期化することです」

メタモルフォーシスめ! どこまでやってくれるつもりなんでしょう。形而上的にも形而下的にも私の居場所を変えさせようとしているのでしょうか。それでも私が落ちついているのは、流れにまかせておけばなるようになる、と腹の底で思っているせいでしょうか。

昨晩、夢の中に魂の友人がやってきて、長く優しいハグをしてくれました。ひとことも話さなくても、静かにハグしていると繊細な愛情が伝わってきて、私はそのまま気が遠くなるようにして眠りに入っていきました。すでに夢の中なのに。

眠りの中で、眠る夢をみるのは、メビウスの輪? それとも入れ子構造の夢? どちらにしても、近頃では自分の精神状態を夢がわかりやすく教えてくれるので助かります。自罰的な傾向に傾いていた短い一時期には、いつのまにか殺人犯になっていて死罪を告げられる悪夢のヴァリエーションばかりみていました。

しかし、どんな夢をみていようと、仕事の締切りはきっちり訪れるものですね。今朝、久しぶりに私の部屋のPC「吾郎君」の電源を入れ、アテネ君をデータ復旧センターに送りだしました。どうか無事にデータが生還してくれますように。

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2007年12月14日 (金)

ラベンダー色の人々

Sun_2太陽光線がクリアで力強い。
空気の美しい一日。

気がつくと周囲になぜか「藤」のつく人が増えていました。藤井さんが二人、藤原さんが二人、藤田さんも二人いらして、なんだか視界が淡いラベンダー色に染まっています。

とどめは、雑誌の取材でおうかがいした下北沢の優秀カフェ。兄弟3人でお店を経営しています、と差し出された3枚のセンスの良い名刺は、揃いも揃って「藤枝」さん!

藤枝さんはなにげなく素敵なことを話してくださるかたで、カフェがどんなに忙しいときでも、コーヒーをドリップする時間だけは、コーヒーが1滴、また1滴とドリッパーから滴るリズムに自分の心を合わせて、静かにその世界に集中するのだとおっしゃっていました。

下北沢のモルディブで長く働いていらした藤枝さん。つい先日、カフェのオープン1周年を迎えたそうで、お店にはモルディブから御祝いの花が飾られていました。後日、AllAbout[カフェ]でも詳しくお伝えします。

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2007年12月11日 (火)

渋谷サウンドスケープ

Shibuya_2 渋谷文化プロジェクトに連載している「渋谷カフェ考現学」の原稿を書くため、小さなICレコーダーを持って、街の音を録音しながら休日の夜の渋谷を散歩してみました。

編集部からは「2007年の渋谷カフェ」をテーマとしてご提案いただいたのだけれど、かねてより渋谷のサウンドスケープに興味を抱いていた……というよりハチ公前交差点の音のカオスぶりに辟易していたので、「耳がとらえた渋谷の街」をテーマにしていいでしょうか?と打診してOKをいただいたのです。

録音テーマのひとつは、どれだけクリスマスソングが街中に流れているか。
ところが意外にもこの夜の渋谷は、目でとらえれば美しいクリスマスツリーとイルミネーション満載だったのですが、耳でとらえると、ほぼクリスマスの片鱗すら聞こえてこなかったのです。

街中をジャックしていたのは桑田佳祐の『ダーリン』。大型レコードショップ各店の店頭でいっせいに新曲発売記念キャンペーンがおこなわれており、ヒットと宣伝費の関係について考えずにはいられませんでした。

徹底して音に無神経にならないと、ハチ公前の交差点に長く立っていることはできないように思えます。それとも途中から聴覚が麻痺して気にならなくなるのかしら。私はあの音の洪水が苦痛でたまらないのですが、皆さまはいかがですか。

写真の二人組は、桑田佳祐の歌を尻目にマイペースなライブ演奏中。三味線の音もジャンベの音も、Qフロント壁面の巨大スクリーンが放つ大音量にかき消されてしまいますが、彼らにとってはさしたる問題ではないようです。

あの巨大スクリーンは、交差点前に合計4つもあるんですよね! スクリーンによっては、交通量の多い時間帯になると騒音に負けないよう自動的に音量を上げる設定になっているそうで、私たちの鼓膜はますますカオティックな音の氾濫によって無理やり振動させられるのです。

渋谷センター街の環境向上に成功したことで全国の注目を集める組合事務局に問い合わせてみたところ、センター街では呼び込みBGMのうるさすぎる店舗に対しては厳重注意をおこなっているそうですが、ハチ公前交差点の巨大スクリーンは残念ながら管轄外で「あちらは区が指導していて、音量の上限が決められているはずなんですけれどね」とのこと。

しかし、ひとつひとつのスクリーンが規制以下の音量にしたところで、同時に4つのスクリーンが限界まで自己主張しているのですから、鼓膜がメルトダウンしてしまいそうです。

I have a dream.
私には夢がある。
いつの日にか、渋谷の交差点で、
すべての壁面マルチビジョンが口を閉ざし沈黙するという夢が。
自由の鐘を、無音で鳴らそうではないか。
そのとき、聞きたくない音楽を強制的に、大音量で聞かされるという
苦痛から解放された私たちは、手に手を取って喜びあうだろう。
「自由だ、感謝します。ついに我々の耳は自由になったのだ」と。

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2007年12月 5日 (水)

三木聡監督の映画ではいつも不気味な珈琲が淹れられている

映画の中に登場するお料理のシーンや食べものを買うシーン、そしてコーヒーを淹れるシーンがたいへん好きです。

世界でいちばんまずそうなコーヒーが淹れられていたのは、『時効警察』以来、マイ・フェイヴァリットになった三木聡監督の第一回監督作品『ダメジン』。だめな人々のだめなコーヒー。笹野高史のむさくるしい家のお風呂場で淹れられるそれは、すさまじく不気味なしろものでした。お世辞にも清潔とは言いがたい浴槽に大きな袋をひたして煮出す、浴槽いっぱいの泥水のようなコーヒー。底にナマズさえ住んでいそうな感じです。……監督はどうしてそんなものを思いつくんでしょう!

転々』の中では、広田レオナが見ているだけで眉間に激しい皺が寄るコーヒーを淹れてくれます。ダメジン・コーヒーと転々コーヒー。飲んだら確実に具合が悪くなるであろうという点では甲乙つけがたい不気味さです。

三木聡監督作品の中のオダギリジョーは、人間の「リアルな喜怒哀楽と言われているもの」を、離れたところからぽつねんと眺めて少し驚いているようなたたずまいで、私には好もしく思われます。喜びや悲しみや怒り、そしてそれらを表現することが、どれだけ本当なのかと心の奥底で疑っているようなたたずまい。

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2007年12月 4日 (火)

夢のさめぎわはウロボロスの蛇

遠くで薄く発光している世界から、現実と呼ばれるこの世界へ帰還してくる瞬間。夢のさめぎわ。

なぜかこのところ、その瞬間をよくベッドの中で自覚するようになりました。それは夢の終わりのしっぽと現実の頭とがつながっている、半透明な時間。あるいは自分のしっぽを呑み込むウロボロスの蛇のように、夢のしっぽと現実とは円環をなしているのかもしれません。

夢から帰還して肉体に入るたびに、ここはなんて重いんだろう!とびっくりしてしまいます。完全に目がさめてしまうと、重い乗り物に宿っているという意識が薄れるのですけれど。

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2007年11月29日 (木)

YS法ダイエットの極意

私が肩こり体質である理由を理解しました。治療を介して、おもしろい先生に出会うためだったのですね。

今日は肩や首に鍼を打たれつつ、樹齢100年を超える巨木には本当に魂が宿っているので会話が交わせるというお話をうかがい、おまけに、いっしょにダイエットの計画まで立てていただきました。それもありきたりなプランではありません。企業経営で用いられる手法、プロジェクトの問題点を緻密に分析し成功へと導くYS法なるものを駆使しての気宇壮大なダイエットプランです。

先週、先生から宿題を出されていたのです。健康的な食生活と早寝早起きの習慣をつけるにあたって、自分の問題点と解決法を思いつくままに全部書いてきてくださいと。
カフェのテーブルでモンブランとエスプレッソを前に書いていたら、なんだか子ども時代に戻って夏休みの宿題をしているようで、少しばかりわくわくしました。そもそも課題の内容が小学生並みですから。「まよなかに、ワインとチョコレートがやめられないりゆう」「あさ、おきられないりゆう」……。

今週、先生と私はずらりと書き連ねた解決法をいくつかにグループ分けして、重要度ごとに点数をつけていきました。先生はいちばん重要度の高い項目として私が選んだ「つねに腹八分目を心がけます!」を指して、「これ、何パーセント達成できるのが理想だと思いますか?」と尋ねました。

「それはもちろん、100パーセントです」
「で、実際にあなたが達成できそうな確率は?」
「い、いちパーセントです……」
「では、理想=分母、現実=分子にして数値を入れ、100を掛けてみましょう。この項目の達成可能度は、わずか“1”ですね(笑)」

こうして、「週に1度は岩盤浴で老廃物を流す」とか、「夜10時以降に豪飲豪食しない」「就寝前に15分間ストレッチ&ヨガ」といったすべての項目の達成可能度を数値化します。次なるステップでは、重要度を縦軸に、達成可能度を横軸にしたグラフをつくり、各項目の数値をグラフの中に入れていきます。

グラフの中ほどに点が打たれたのが、優先して取り組むといい項目。グラフの右下に点が打たれた項目は、すぐに達成できるけれど効果が低いから、べつにやらなくてもかまわない。グラフの左上に点が打たれた項目は、効果が高いけれどほとんど達成できないから、いま取り組んでも挫折するだけ。腹八分目作戦は、トライするだけ無駄なようです。

このYS法、問題点がどこにあるかがとてもクリアになるうえ、無理なく効果を上げられる方法が自分でみつけられてなかなか楽しいのです。ダイエットしましょうという意欲さえ湧かなくなっていた私ですが、明快で無理のない目標が設定されると、その気になってくるものですね。あとは実行するだけ。そう、やっぱり、実行こそが極意なのでした。

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2007年11月19日 (月)

携帯電話購入+バカの魂

電話番号やメールアドレスはそのままで、携帯電話を新しく購入しました。ご心配をおかけしてしまった皆さま、たいへん申しわけありません。

Docomoに紛失後の使用履歴などを調べてもらいましたが、幸いにして、海外通話30円のほかは使われていませんでした。拾った男性はどうやら米軍関係者だったようです。同じ沖縄でも、フェンスの向こうの基地にかければ「海外通話」扱いなんですね。彼に“やどかりの呪い”が降りかからないといいのですが。

新しい機種はワンセグ付きで、録画もできるので、『SP』でも録画して電車の中で見ることにしましょう。

先日、幸運な友人が手に入れたプラチナチケットのお相伴にあずかり、本多劇場のなんと最前列!で春風亭昇太の独演会を聴いてまいりました。
笑点で、居並ぶ先輩たちに混じってしまうと全然おもしろさが発揮されないのですが、独演会で好き放題に己の世界を展開しているときの昇太師匠は、落語家さんに最も追求してほしいジャンル、「愛すべきバカ」の道を魂をかけて突き進んでいらして最高です。彼の「時そば」を聴くのはこれで3回目ですが、ますます磨きがかかって、勢いと熱気のある、たまらないバカぶりでした。

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2007年11月19日 (月)

やどかりの呪い

Yadokari

沖縄でちょっとした事件に見舞われましたが、さきほど、冷えこむ東京に戻ってまいりました。

昨日の午後、那覇に戻る前にレンタカーで海を眺めに行ったのです。残波岬あたりをぐるぐる走っている途中で、「大当」という名前の交差点にさしかかりました。交差点の信号機の真下には、たいへんセンスのいい食堂とブーランジェリーが2軒並んで建っており、ちょうど正午前でしたから車をとめて食堂でおいしい南インドのミールをいただき、ブーランジェリーでパンを3個購入しました。まさに読谷村の大当たり地点と申せましょう。地名の読みがなは「おおあたり」ではないけれど。

呪われてしまったのは、そのあとです。南におりてきて、恩納村のビーチでのんびりしておりましたら、視線の先を小さな貝が動いている……やどかり君です! 親指の爪くらいの大きさの貝殻を背負って、ものすごい勢いで目の前を右から左へと横切ろうとしています。

私はそれを右から左へと受け流しませんでした。急いでカメラをつかみ、かがみこんでレンズを向けたのです。その瞬間、やどかり君はぴたりと止まり、貝の中に撤収して、ただの貝殻のふりをするではありませんか。おかしさをこらえつつ、真似をしてしばらく気配を消しておりましたら、やどかり君はそしらぬ顔をして移動を再開。チャンス!とばかりカメラを向けようとすると、また、貝殻に戻ってしまいます。

そんな攻防を繰り返しているうちに、視界のすみに、べつの動くものが。もっと小さなやどかり君でした。呼吸を止めて周囲を凝視しつづけた結果、そのあたりには、さらに小さな7~8mmの貝殻を背負ったベビーやどかりたちも5匹ばかりよちよち歩きをしていることを発見しました。

上はかろうじて姿をとらえることのできた唯一の写真です。そして、やどかり君に夢中になりすぎた結果、私は生まれて初めて携帯電話をなくしてしまいました! その場に置き忘れてきたらしいのです。機種はオレンジ色のDolce Vita。そう、愛用のイタリア製ボールペンと全く同じ名前がつけられていることも、気に入っていた理由のひとつでした。

数時間後に紛失に気づいて、ホテルの部屋から自分の携帯電話にかけてみましたところ、電話に出たのは「ハロー!」とあきらかにアメリカ英語の男性。もしもし、と呼びかけると切られてしまいました。Docomoに連絡して使えないようにしてもらいましたが、こんな困った事態は初めてです。恩納村の交番にもホテルにも落とし物の届け出はありませんでした。

これがやどかりの呪いでなくてなんでしょう。もしかしたら、ムーディ勝山の呪いも混じっていたかもしれませんが。次回からはちゃんと右から左へと受け流すことにします。しょんぼり。

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2007年11月18日 (日)

那覇のおやつワゴン

沖縄中部の旅から、那覇に戻ってきています。もし夫がレンタカーの助手席に座っていたら「今日は二度死んだ!」と言うところでしょう。運転中に二度、危ない瞬間があったから。いつも車線変更するときは命がけで、泣きながら右ウィンカーを出しています…。

中部にはまたまた素晴らしいカフェが増えていて、カフェ好きにはいっそうたまらない場所に。まさにカフェパラダイスです。本島に移住するなら中部にしよう!と思いました。

今日は、カフェユニゾンでのイベントに那覇から参加してくださったコーヒー屋台ひばりやさんに寄ってから、最終便で東京に戻る予定です。ひばりやさんは屋台を出す場所を日なたに移動されたので、女性オーナーは元気に日焼けしていらっしゃいました。週に一度、オフィスビルに手作りクッキーなどをデリバリーする「おやつワゴン」も始められたとのこと。仕事中にそんな魅力的なワゴンがオフィスに来たら、嬉々として買ってしまいますよね。

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2007年11月16日 (金)

かまぼこの歌

かまぼこの歌
すばらしい屋上朝食。このペントハウスの写真を見て、北谷の海辺にあるダイバー&サーファー向けホテルを予約していただいたのでした。
昨日、走りながら地元FMで聞いたかまぼこの歌が耳から離れません。おっとりした声のおじいさんが、かまぼこが売れますように、こどもの学費が出せますように…ととぼけて歌っているのです。少しずるがしこくてチャーミングです。こんなこと言われたら、ついつい買ってしまいますよね。

※その後、玉栄政昭さんの「かまぼこが売れますように」と判明しました。

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2007年11月15日 (木)

沖縄に来ました

沖縄に来ました
今朝10時前に那覇空港に降り立ちました。ちびっこレンタカーで宜野湾市までとろとろ走って来て、びっくりするほどスタイリッシュなべーグルカフェでランチ休憩しています。ぺーパードライバーの私、運転は一年半ぶりなので、初心者マークをつけてもらいました。

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2007年11月11日 (日)

ミューズはなぜ女性か

リビエラ青山にて、遅めの夕食のテーブルを6人で囲みつつ聞いた話。6人のうち半数は男性で、作家、写真家、デザイナーの方々だったのですが、本を作るときは「女性を喜ばせるため、女性にほめられるため。男のためになんか作るわけないでしょう!」とおっしゃるのがチャーミングで笑えました。
すでに多方面で活躍している方々なので、その発言が余裕とサーヴィス精神から出た冗談であったにしろ、あながち100パーセント嘘でもなさそうなのが不思議なところです。

おそらく、アイディアがふっと頭にひらめく時点や、それにかたちを与えている最中には、ほかの誰のためでもなく、自分自身の美意識に従って神経を研ぎすませて集中するのでしょう。それを誰かに届けようと考えるときになって、2種類のミューズもしくは聖母をイメージするのかもしれません。1種類は女性編集者というミューズまたは聖母、もう1種類は女性読者というミューズまたは聖母。

そう言う私も、考えてみれば読者像として8割ほどが女性、2割が男性というギムレットのようなイメージをしています。(女性:男性=ライムジュース:ジン=8:2) それは女性誌に原稿を書くことが多い、という直接的な理由ばかりではなく。
なぜ、大昔から詩人を駆りたててきたミューズは女神であって男性の神様ではないのでしょう。

もっとも、最初に「あ、こんな本が作れたらいいな……」と夢想するとき、私の心は、別の星に棲む双子の私に向かっています。その双子の私が、男女を問わず、あなたかもしれないのがスリリングなところ。

映画『バベル』では、スクリーンから『美貌の青空』のインストゥルメンタル・ヴァージョンが聞こえはじめたとき、一瞬にしてこの物語への理解と納得が奔流のように頭に流れこんでくるという稀有な体験をしました。音楽の持つ力。ヴォーカル・ヴァージョンでは、僕たちは別々の星に棲む双子さと歌われるフレーズ。

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2007年11月 9日 (金)

八ヶ岳、スカイブルー、ミッドナイトブルー

自由が丘から八ヶ岳の新居へ移住したS夫妻のもとへ、友人3人でドライブ。車内での朝食は、三軒茶屋のスターバックスでテイクアウトしたコーヒーと、友人がおすそわけしてくれたfoodmoodのクッキー。

東京を脱出するまでは白く濁っていた空も、八ヶ岳に近づく頃には雲ひとつない、宇宙と直結しているような青色に変わりました。富士山を眺めていたら不意に身体の重さが消え去り、純粋な意識だけになって富士山の上を漂っているような感覚に。

空中に樹木の匂いがつねに濃くたちこめていた1日。この日はまた、山麓の林が紅葉のクライマックスを迎え、樹々が日ごとに燃え立つような色彩を変化させていくのを見せてあげたい……そう思って私たちを招いてくれたSさんの心の温かさ、豊かさが胸に刻まれた1日でもありました。

Sさんは私たちを愛車に乗せ、紅葉が楽しめるじつにたくさんのルートを大通りから小道までくまなく走り、2日前にはあのもみじが全部真っ赤だったのよ、1週間前にはあの白樺がみごとな黄色だったのよと、八ヶ岳の風景の輝きを愛してやまない様子でくわしく説明してくれたのです。それは彼女が秋になってからたびたび、今ここにあなたたちがいたらこの美しい景色が見られるのにと、私たちを思い出してくれていたことを伝えるものでした。

Yatsugatake_01

ドライブ中に立ち寄った八ヶ岳倶楽部
名物フルーツティーは林檎、メロン、キウイ、オレンジ、苺入り。
黒胡麻と豆乳クリームのモンブランとともにいただきました。

自然素材を吟味して建てられたS夫妻の住まいは、Sさんが丹精する1000坪(!)の庭と、陽光の降り注ぐすがすがしいテラスと、カナダ製の大きな暖炉が自慢。ご主人が庭の隅の松を薪にして火をおこすと、散歩のあとでハイになっている2匹の犬も、私たち人間も、自然に暖炉の前に集まって炎に見入ります。

東京の夕暮れは短く、暗くなってきたと思うといきなり夜に変わってしまいますが、八ヶ岳の夕暮れは、深い藍色の水がひたひたと巨大なスクリーンに染みこんでいくようにして、ゆっくりと夜へと移っていきます。部屋のあかりをともして夕暮れのトーンを消してしまうのがもったいなく思われ、燃えさかる暖炉の火だけで過ごしました。

Yatsugatake_02

暖炉の上でのお料理には、田中泯のインカポテト「みんじゃが」も登場。

暖炉の輻射熱はからだを芯から暖めてくれるそうで、別れを告げて夜の大気の中へ踏み出しても寒さを感じません。車に乗り込む前に満天の星を見あげ、知っている星座を探していると、天頂で明るい星がひとつ流れました。

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2007年11月 2日 (金)

ライター泣かせの

Staba右の写真は正式な記事には使えない「悪い例」です。スターバックスのロゴの表示が不完全だから。

スターバックスのロゴや名前をメディアに掲載する際には、厳密なルールがあります。神話の人魚セイレーンを象ったこのロゴマークは、全部が見えている完全な形で載せなければなりません。

同様にして、文章の中に「スターバックス」という社名を使うときは、途中で改行が入るとNGが出されます。以下は悪い例:

2007年11月7日から、スター
バックスでは季節限定商品の
クレーム ブリュレ ラテを発売。

以前、まるごと1冊スターバックスについてのムックを書かれたライターさんが苦労していらっしゃいました。雑誌やムックって1行が20文字以下のことも多いので、すぐに改行が来ちゃうんですよね。(このムックでは、私はインタビューされる側だったので「大変ですね」と笑っているだけでしたが、書く側だったらちょっと涙目です)

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2007年10月31日 (水)

日米、お茶の一期一会

Starbucksひまそうに走る昼間のバスが大好き。時間をざぶざぶと贅沢に使っている感じがして、どこをどう走るのかよくわからなくても乗ってしまいます。窓の外の風景に意外な発見があったり、全然なかったりするのも一興。

ルンバミーアで珈琲豆を買ったあと、渋谷行きのバス停とベンチをみつけたので待ってみることにしました。目の前のビルを漫然と眺めておりますと、ビルの入口に厳かな文字。

“one cup at a time, one customer at a time.”

そのベンチはスターバックス本社の真正面にあったのでした。バスが来るまで、この社訓をうまい日本語にできないものかしらと考えて遊びました。直訳すれば、お客さま一人ひとりに、そのつど心をこめて一杯ずつ……ということになるのでしょうが、これはやはり「一期一会」もしくは「一杯入魂」でしょうか。カプチーノが茶道の心と通じているのも、一杯のカップに込められた小さな奇跡と言えるのかもしれません。

え、一期一会を英訳すると“Forrest Gump”になるのですか?! 人生はチョコレートの箱、開けてみるまで中身はわからない、という文章も英訳するとForrest Gump?

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2007年10月29日 (月)

電車の中で、はっとしたこと、もしくは猫が電車に乗らなくてよかった

電車の中で、前の座席に座ったひとを見て、はっとした経験。
たしか15年くらい前のこと、昼間の空いた山手線の中で座って本を読んでいて、ふと目をあげたら正面に片桐はいりさんが座っていらっしゃいました。たぶん私と同じシチュエーションに遭遇したら、誰でもはっとするでしょう!

ブリキの自発団の舞台で何度か片桐はいりさんを観ていましたが、目の前に端然と座っている彼女は、なにか悲劇的な空気をまとっているように感じられました。このひとが古典的な悲劇を演じたら素晴らしいかもしれないと思いました。

昨晩、電車の中で私の前に座ったひとが、わずかにはっとした気配を感じました。それは私が静かに涙を流していたから。ひりひりするような悲しみを感じていたら涙が溢れ出したのですが、もう、とめる努力をするのも面倒になって放っておきました。しゃくりあげもせず、鼻もすすらず、無表情に涙を流し続けている女性が目の前に座っていたら、誰でも一瞬はっとするでしょう。

友人は赤ちゃんが大好きなので、電車で近くに赤ちゃんがいると必ず相好を崩してちょっかいを出します。思いっきり舌を出して変な顔をしてみせたり、唇を鳴らして変な音をたてたり。私が少しばかりあきれていたら、彼女いわく「葉子さんだって猫を見ると必ず寄っていって、にゃーとか言って変な呼びかけをするじゃない」
私は電車の中でそんなことはしません。

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2007年10月23日 (火)

喫茶店のカップ選び問題について

炭火焙煎珈琲.凛(リン)を読まれたKIKIさんから、素敵なメールをいただいたのでご紹介します。

こんにちは。KIKIです。 ずいぶん空気がつめたくなってきましたね。

銀座のカフェ凛、私も先日行ったので嬉しくなりました。 店内に活けられた植物たちが魅力的でしたね。 凛ではカウンター席に座り、一つひとつ種類の違うコーヒーカップを眺めながら、ぼんやりと昔のことを思い出していました。

銀座近辺で友達とあちこちのカフェに行っていた頃、やはり全部違うコーヒーカップのお店があって、希望を言えばそれで出してもらうこともできたのです。友達と「私のイメージでカップを選んでください、って頼んでみよう」などと冗談で言い合ったものでした。

そんなことを思い出しながら、ここでそう言ったらどんなカップが選ばれるかしら、少なくともあの真っ赤なカップはないだろうなあ、あれはもっときりっとした大人の女性に似合いそうだもの… などとつらつらと考えていたら、私にサーブされたコーヒーはあろうことかその真っ赤なカップに入っていました。

もちろん、川口さんがおっしゃったように、単純に端から出していっただけなのでしょう。でも余計なことを考えていたせいで、軽く混乱してしまいました。 なぜこれなの?って。

お店を出てずいぶんたってから気づいたのですが、私はカウンター席でいつものように本を読んでいて、その本に深い赤色の革カバーがかかっていたのでした。もしかしてこれを見てカップを選んでくれたのかも、 などと、「自分用にカップを選んでくれた」幻想から抜けられない私でした。

あとになって、カフェ凛のマスターが「お客さまの着ていらっしゃる服にコーディネートすることもあります」と発言していることを知りました。マスターはKIKIさんが読んでいた本の赤い革カバーにあわせて、わざわざカップを選んでくれたに違いありません。こういうのはやはり驚きと嬉しさがありますね。

新宿に行った折に、久しぶりに「凡」でコーヒーをいただきました。こちらは【1客ずつカップが違う喫茶店】の大御所的存在ですが、二人でカウンター席に腰かけたら、それぞれに別のウェッジウッドのカップが出されました。
マスターに「お客さまに出すカップはどのようにして選ばれるのですか」と質問してみたら、あ、そういう理由もあるのですね、と思う答えが返ってきたのです。そのお話は、凡についてのご紹介とともに後日。

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2007年10月22日 (月)

雲を見上げて歩く

Sky1

秋なかばの魅力を凝縮したような、青く澄んだ一日。光るような空気を胸いっぱいに吸い込んで、ちょっと幸せを感じた人も多いことでしょう。
かたときも静止せずかたちを変えつづける雲がおもしろくて、二人して空を見上げながらひらけた場所を探して歩いていたら、知らないエリアに迷い込みました。 横浜。桜並木の川沿いに新しいトラットリアとピッツェリアがならんで建ち、いかにも気持ちよさそうなオープンテラスは満席。

Sky2

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2007年10月21日 (日)

サムライコーヒードリップ

YouTubeで学ぶコーヒーの入れ方」という、ラテアートやコーヒードリップの動画を集めた楽しいサイトがあります。バリスタがフォームミルクで一気にロゼッタ模様をトリプルで描きあげる光景などは、何度見ても感心してしまいます。

そのサイトで「藤岡流コーヒーの極意」という珍しい動画を拝見しました。俳優の藤岡弘さんが披露する、コーヒーと茶道をミックスさせた渾身のドリップ方法。それはもはやドリップというより、マントラを唱えながらおこなう祈祷の様相を呈していますが、茶道がもともと宗教儀式から発展したものであることを思えば、ある意味では正統派なのでしょうか。

藤岡さんは生豆の焙煎から始める(!)そうで、この日は、原種に近いコーヒーの木を無農薬栽培したというペルーの豆をお持ちでした。スタジオではドリップのお点前のみが披露されましたが、それは、オーソドックスなドリップ方法を習った人々が口々に叫びだしそうなユニークなもの。「熱血サムライドリップ」とでも呼びましょうか。画面の中のあまりにも厳粛なお姿を前に、笑っては失礼、謙虚であれ……と自分に言い聞かせたものの、やっぱりおなかがふるえてしまいました。

藤岡さんはまず、挽いたコーヒーの粉とドリップ器具にむかっておもむろに合掌なさいました。そして、コーヒーの粉に顔を埋めんばかりにかがみこみ、最初の言霊を投げかけました。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう……おいしいコーヒーになってください」
合掌とマントラは、彼が精神統一してサムライドリップの儀式を進めるあいだ、節目ごとに何度も繰り返されます。

その土地の名水で淹れたコーヒーは土地の味がするという発言には共感しますし、藤岡さんが本当にコーヒーを愛し、深く追究されているのが伝わってくるので、彼が言う「魂を込める」「気を入れる」「和敬清寂」「おもてなしの心」「心を点てる」にも基本的に共感はしたのですが。

サーバーに最初に落ちてきたコーヒーは“アクを取るために”捨ててしまう(中国茶みたいですね。そちらはホコリなどを落とすためですが)、それなのに最後の1滴まですべて落としてしまうなど、セオリー無視のドリップですが、もしかしたら本当においしいのかもしれません。そして、ドリップしながら「おいしくなれ!」と念じて心を込めるのは、多くの人々が意識的にであろうと無意識的であろうと実践していることでしょう。

しかし、しかしです。あまりにも目の前でダイレクトに“気”や“魂”を濃く熱く投入したコーヒーを差し出されると、正直なところ飲むのに腰がひける……という発見をしてしまったのでした。

あ、正しくは「藤岡弘、」と最後に「、」を表記するのですね。「、」には「我未だ完成せず」などの意味が込められているそうですが、私にはこの「、」が、ドリップされたコーヒーの最後の1滴に見えてなりません。藤岡さんはボランティアで回るアジアやアフリカの国々で、このコーヒーのおもてなしをされているとのこと、頭が下がります。

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2007年10月20日 (土)

六本木ヒルズ怪談

先日またJ-WAVEの番組で、短いおしゃべりをしてまいりました。
「聞いたよメール」をくださった方々、素敵なお手紙とお茶を送ってくださった方、どうもありがとうございます。「滝川クリステル!」という掛け声は、どうかもうご容赦ください~。(遠慮してマイクに対して斜めに座っていたら、クリス智子さんに「滝川クリステル」というつっこみを受けてしまったのでした)

その日、J-WAVEのスタジオがある六本木ヒルズ森タワーで、妙なできごとに遭遇したのでした。一番下の階は来客用ロビーになっていますが、エレベーターホールのあるメインエントランスは上の階なので、下のフロアを通る人は多くはありません。当然、洗面所もほとんど使われていないようです。

たまたま私はその最下階の洗面所に入りました。ドアを開けて一歩、洗面所に足を踏み入れると、一番奥の個室からいきなり水の流れる音。しかし個室のドアは完全に開いたままで、中には誰もいません。

うわあ、いやな感じ……と思ったものの、とりあえず一番手前の個室に入りました。1分後、個室から出て鏡の前に向かいますと、今度は、やはり誰もいないのに洗った手を乾かす温風乾燥機がゴーッと音をたて始めました!

それだけです。しかし霊感がなくて、“そういうもの”と一度も遭遇したことのない私にとっては、充分な驚きでした。驚きつつも頭は冷静で、怖がらないようにと自分にうまく言い聞かせることができたため、“そういうもの”の方でも「このひとは脅かし甲斐がない」と判断したのか、追いかけてはこなかったようです。

かつて六本木にオフィスを構える会社に勤務していたのですが、当時から六本木~乃木坂界隈は怪談には事欠きませんでした。

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2007年10月18日 (木)

コーヒーの神さまが結ぶご縁(2)

この日高崎で出会った山口さんと、おたがいがル・プティニにいた時期を確認した結果、2年間しっかり重なっていることがわかりました。「きっと、私がお出ししたコーヒーを召し上がってらっしゃいますよ」と。

カフェで働いていたひとの記憶は、お客として訪れていた私の記憶よりもずっと深く濃いようです。お店ではコクテール堂の豆をネルドリップしていたことを、今になって知ることができました。

「ル・プティニの下の中村屋のおばさんが、毎日夕方になるとコーヒーを飲みに上がってくる。いつも会社帰りに立ち寄って、大テーブルの柱の陰に座る人。新宿2丁目の不動産ブローカーの常連さん。階段を上がってくるいつもの顔をいろいろ思い出します」

このような光景は誰にも見覚えのある、日常のありふれたシーンにすぎません。でも、時を経て語られるとき、なんと胸を熱くすることでしょう。もう存在しない喫茶店の中に漂っていた微かなコーヒーの匂いは、その記憶を共有する人と人とのあいだに漂い、今も同じように、心の中のある深い場所をしずかに潤してくれるのです。

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2007年10月16日 (火)

コーヒーの神さまが結ぶ不思議なご縁

ウェグナーの椅子とドーナツ・ドリッパー」の中で、このイベントの発案者、高崎デザイナーズアクト代表の山口さんの言葉をご紹介させていただきましたが、今朝、コーヒーを飲みながらメールチェックをしていたら、山口さんのメールの中に驚きの言葉をみつけました。

「早稲田駅のそばにあった、ル・プティーニをご存じですか?」

それは私が学生時代にもっとも愛した喫茶店で、初めて書いた本の中でも想い出を綴らずにはいられなかったのですが、なんと山口さんはそこでアルバイトをされていたのです! しかも、どうやら私が学生だった時期と重なっているよう。

「ネルドリップのおいしいお店でした」と山口さんは書いてくださいました。そう、私はそのネルドリップの味が大好きでした。

高崎で偶然お目にかかった方が、今はすでにない早稲田の喫茶店で、かつてコーヒーの香りを共有したことがあったとは。コーヒーの神さまが結んでくれるご縁には、驚くばかりです。

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2007年10月15日 (月)

ミルクメイドの部屋

ほんわか茶飲み日誌にもフェルメールとオランダ風俗画展のことを書きましたが、この展覧会でもうひとつおもしろかったのは、当時の古楽器を集めたスペースの奥にさりげなく“あの部屋”が再現されていたこと。
白い壁、左側には格子のはまった窓、青い布でおおわれたテーブル、その上にパン籠……そうです、『牛乳を注ぐ女』がいた、あの部屋です!

再現された部屋に足りないのは、窓からの光を浴びながら永遠の彫像のような姿で無心に牛乳を注ぎ、パンプディングをつくていた、あの女性だけ。部屋に入っていって、同じポーズをとりたい誘惑に駆られたひともいたのではないでしょうか。

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2007年10月 9日 (火)

メロヴィング王朝

最近たまに経験するようになった人間の神秘--それは、むかし記憶したことが突然よみがえるのに、最近覚えたことが全然思い出せないこと。それなりに年齢を重ねてきたひとだけが感じることのできる貴重な神秘ですから、興味しんしんでおもしろがってみるのですが、実生活では困ったりもします。

大田区ではこの10月1日から、ゴミの分別方法が大きく変わりました。これまでプラスティックは不燃ゴミだったのですが、サーマルリサイクル収集の実施によって、可燃ゴミとして出すように。これ以上、ゴミを埋め立てる場所がありません!というピンチを打開する苦肉の策のようですが、ダイオキシンのたぐいの問題は解決済みなのかしら?

それはともかく、長いあいだゴミをまじめ分別してきた癖が抜けず、気がつくと分別してしまっているのです。うちにはキッチンにもリビングにも洗面所にも、ダストボックスが2つずつ並んでいるものですから。子どもの頃は環境が変わるのが大好きだったのに、いまや新しい習慣になじむのにちょっと時間がかかるという不思議。

今日は「メタボリック症候群」という言葉が出てこなくなり、あせったあげくに口走ったのが「メロヴィング王朝!」……メしか正解していません。メロヴィング王朝などという単語は、高校時代に世界史で覚えたきり完全に忘れ去っていたのに。高校時代でさえ、文字で読み書きはしても、実際に発音したことは一度もなかったのでは。なんというミステリー。いっそ楽しみたいものです。

同年代の友人には「いくらなんでもアルツ方面になるにはまだ早いんじゃないの?」と笑われましたが、その友人の物忘れぶりは、正直に申し上げて私よりひどいです。(The kettle calls the pot black ass?!)

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2007年9月26日 (水)

遠ざかる名月

Moon
愛用のレンズ(TAMRON)では、
これがせいいっぱいの望遠。

今夜は中秋の名月

月は現在でも、地球から1年に3cmずつ遠ざかり続けているそうです。縄文の人々が見上げた月は、私たちが観ている月より大きかったのです。おもしろがって夜空いっぱいにひろがっている巨大な月など想像してみますと、じわりと恐怖感が湧いてきました。

9月25日は中秋の名月。東京は朝から曇りがちでお月見があやぶまれたのですが、夕方になるにつれて雲が去っていき、冴えた月を眺めることができました。写真に撮って眺めてみると、月の輪郭って、けっこうでこぼこしているんですね。

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