96 大島~東京 半島半都ライフ

2014年3月 4日 (火)

桜色、薄桜、桜鼠……

Sakura

伊豆大島はまだ寒い時分から咲きはじめる桜の品種「寒咲大島」が満開。ご来島の折にはぜひ島の名所のひとつ、大島公園の植物園・椿園のそぞろ歩きを楽しまれますよう。

桜色(さくらいろ)、薄桜(うすざくら)、桜鼠(さくらねず)、鴇鼠(ときねず)、薄紅(うすべに)、灰桜(はいざくら)……そんな古く儚い色の名前が浮かんできます。

リゾート開発がおこなわれていない、商売下手ののんびりした島の姿が気に入っている者としては、島のひなびた風情、昭和で止まっている観光センスに微笑していただけたら幸いです。

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2013年11月 5日 (火)

大島、花の意味

Oshima

曇りの伊豆大島。車で通りかかった災害復旧現場に、誰が手向けたのか、花が添えられていました。枯れないように根もとに水をふくませた銀紙を巻いて。

オペレーション・ツバキ・レスキューの自衛隊の方々、ありがとうございます。

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2011年8月23日 (火)

2011波浮港現代美術展(1)…伊豆大島

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『精霊のいる処』 山本伸樹 (福島県いわき市在住のアーティスト)

廃校になった波浮小学校を中心的舞台にして、大島の波浮の路地のそこかしこで「2011波浮港現代美術展 」が開かれています。参加したのは国内外のアーティスト29名。直島と比較されるとちょっと困りますが、アートの力と場所の力が共振し、五感を異なる次元にさらわれていくような面白さに満ちていました。

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波浮小学校の廊下には小さな丸窓と色ガラスが続いていました。

波浮というのは特殊な土地なのです。江戸末期から昭和30年代まで、小さな入り江を囲む急な斜面に建つこの町は一大歓楽街で、全国から漁船と観光客と作家たちが集まって夜ごと大変なにぎわいを見せ、最盛期には港に船が二重駐車どころか三重に停泊していたそうです。川端康成の『伊豆の踊り子』のモデルも波浮の芸者さん。

しかしその後、時代の変化のなかで、波浮は楼蘭王国がさらさらと砂に埋もれていくように完璧に忘れ去られていきました。

現在は深い眠りのなかに沈みこんでいる波浮の町。それでも、ひっそりした路地の家々に住みつづけてきた人々がいて、数年前まで小学校もありました。その小学校の教室にインスタレーションが展示され、廊下をつたってひと教室ずつのぞいていく不思議さときたら!

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亜熱帯植物に包まれた教室。屋外の水のないプール。霧雨の日、微かに湿り気をおびた廊下。奇妙な明るさ。ノスタルジーなどではなくて、新鮮な刺激に満ちたモノたち。

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おかしかったのはアート化してしまったスリッパ。私が会場に入ったときは10足ほどのスリッパが「?」のかたちに整然と並べられていたのですが、出るときには円のなかに十字が入ったかたちに変化していました。
最初は外国人アーティストがなにげなく並べて遊んでいたらしいのですが、そのあとは来場者が勝手に並べ替えていくようで、行くたびにかたちが変わっているとか!

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2011年6月15日 (水)

島の花鳥風月

年齢を重ねて脂が抜けはじめた人間は、花→鳥→風→月、の順番に興味を抱いていくという説を開陳したのはタモリでしたっけ。最後にたどりつくのが月を愛でる趣味ということになりますが、まあこれは言葉遊びなのでしょうね。

私の花鳥風月観は松岡正剛の刺激的な名著『花鳥風月の科学』の影響下にあります。花鳥風月は日本人の表現世界を維持するためのモード生成システム。山、道、神、風、鳥、花、仏、時、夢、月という10のコードの組み合わせがモードを生みだす、と。

4月、大島の三原山をふもとから眺めれば新緑に桜の花が霞のようにたなびいて、「島の春は白」という印象を抱いたのですが、義母は「むかしの大島の春は赤かった」と言い、こんな一節を教えてくれました。

   つつじ椿は御山を照らす

大島で御山(みやま。つまり「ザ・山」)といったらもちろん三原山のこと。かつては全山に紅い椿の花とつつじの花が咲き誇るのが遠くからよく見えたのだそうです。現在では桜の木が成長してつつじの花を追い越したので、赤が目立たなくなったとか。

調べてみると、この一節は『大島節』のなかにありました。

  わたしゃ大島、御神火育ち

御神火(ごじんか)というのは活火山である三原山の火のこと。…というわけで、最近は大島の谷口酒造がつくる焼酎「御神火」をひいきにしています。もっとも、島民が居酒屋で飲んでいるのはもっぱら神津島でつくられる「盛若」ばかりですが。

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白い季節を過ぎて、6月の大島には紫陽花のネットワークがひろがっています。三原山をめぐる道路はその名も「あじさいレインボーライン」。濃い青、藍紫、ピンク、林のなかの幽霊のような薄緑色。

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サンセットパームラインの道ばたに、名前を知らない背の高い木が白い花をたくさんこぼしています。葉っぱが紫陽花によく似ているけれどなんという植物なのかしら、と思っていたら、大島バスの乗務員さんのブログでこれがハコネウツギだということを知りました。(写真下) やはり紫陽花の仲間。

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植物の名前をひとつ覚えるのが、思いのほか嬉しい。「エゴノキ」も覚えました。こちらもサンセットパームラインの遊歩道にたくさん咲いています。

松岡正剛によれば、「山」は古代人にとって彼方の別世界。山の向こうと地上のここ、ふたつの地点をつなぐのが「道」。向こうからここにやってきて情報をもたらすのが「風」と「鳥」。

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2011年6月12日 (日)

伊豆大島トライアスロン

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2週間ぶりに大島に戻ってきて、いつものように愛車とびうお1号で海沿いの「サンセットパームライン」をパトロールしたら、風景をだいなしにする変な立て看板を大量に発見。「この先トイレ」とか「追い越し禁止」とか。

観光客への親切のつもりでも、「トイレ」の看板の前で記念撮影をしたがる観光客はいませんよ…と機嫌を悪くしかけましたが、じつは恒例の伊豆大島トライアスロンの開催が近づいていたのです。看板はランナーのために立てられたのでした。

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前夜は暴風雨。トライアスロンは雨天決行と聞いて、どれだけ自分をいじめるのが好きな人々の競技なんだろうと愕然としていましたが、さすがに海でのスイムは誰も浜にたどりつけそうもないので中止になりました。ラン→バイク→ランのデュアスロン。

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雨あがり、スタート30秒前のランナーたち。
早稲田の本気のチームも、島ののんびりしたサークルも参加していて楽しげな空気です。外国人のチームは「南蛮連合」のシャツを着て。私、島でこんなにたくさんの人間をいちどに見たのは初めてです!

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スタートは3回に分けて。最終回のランナーが悲愴感なしでスタートしました。女性ランナーも少なくありません。ちなみにこの道路の左側は大島名物、海の見える露天温泉「浜の湯 」。Triathlon_05

なぜ走るのか? トライアスロンともなれば「健康のため」とはかけ離れた理由があるように思われます。

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海沿いのゆるい上り坂を走りきってから、自転車に乗りかえます。

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後日知ったこと。近藤真彦さんもこの大会にランナーとして参加していて、完走パーティーでスピーチしたそうですね。まったく気がつきませんでした。

もうひとつ、あとで知ったこと。この朝、竹芝桟橋から大島に向かった高速ジェット船は風速13mの大波にもまれてエンジン故障。船内にはマーライオンが続出し、トライアスロン参加をあきらめた人々も少なくなかったようです。

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2011年5月 5日 (木)

小さく生きる

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3月11日の地震後、急激に曇った東京の空。
なぜこんなに屋外が暗いのかと驚きました。
(この1時間後には再び青空に)

かねてよりの計画通り、3月下旬からひと月の半分を夫の実家・伊豆大島で暮らしています。島へ渡る直前に、遠い親戚が90代で亡くなったからお葬式に出てねと義母から電話があり、喪服をたずさえての半移住。

島では車が生活の足。これまでヴァンデンプラ・プリンセス以外の車には1ミリも興味が持てなかった私も、自分用に中古の小さな赤い国産軽自動車を買いました。しかたなく購入したわりには、「とびうお1号」と名づけて可愛がっています。愛称とびちゃん。
(大島ではときおり、とびうおの刺身が食卓にのぼります。夏の晴れた夕方、ほどよく冷やしたビールを片手に、酢味噌でいただく新鮮なとびうおときたら! )

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4月25日、伊豆大島の空。
毎日、とびうお1号でドライブする海岸通り。

震災後の混乱と緊張のなかで、ふだんは周囲に「のれんに腕押しするような(?)ふわふわしたひと!」と妙な比喩で評されてきた自分の中に、ひとたび心を決めたら困難にも全くひるまない強靱な意志があるのを初めて見いだしました。のれんにも五分の魂、というところでしょうか。

いまは、自分のサイズで小さく生きることを大切にしたいと思っています。目の前にいる家族、少数の友人、信じられる食べもの、信じられる少しの本や音楽。
放っておけば不安は自分では確認のしようがない大きなこと、雲をつかむようなこと、抽象的なことへと際限なく膨らんでしまうから、地に足をつけて身近にある小さな信じられるものをひとつずつ確認していくこと。

天然酵母のたねおこしから米粉パン作りまでできるホームベーカリーを買って、二日に一度パンを焼いています。義母が農薬を使わずに楽しんでいる家庭菜園では、この夏はトマトと茄子とキュウリとズッキーニが実る予定です。私は草取り係としても期待されていますが、菜園の一角をもらったので、ひまわりと立葵を育ててみることにしました。

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