旧五輪教会/どこまでも静かな場所へ

久賀島。信者以外の島民は訪れることのない旧五輪教会。
島に1社しかないタクシーの運転手さんによれば、現在、カトリック信者は島民の4分の1くらいじゃないかな、とのこと。残る4分の3の島民たちは、隠れキリシタンの歴史に対する興味は驚くほど薄いのです。無意識に避けている、といったほうが正確でしょうか。
「小学校の社会の時間などに、さぞかし島の歴史について習ったでしょう?」と尋ねたら、全く習わないとのこと。私が悪寒に襲われた隠れキリシタンの牢獄跡などは、子どものころに肝試しをして遊んだ場所だったといいます。

道路もろくに整備されていないからこそ、この静寂が保たれてきたのでしょう。つつましい古い教会の木造のアーチ。光の薄い夕暮れどき、聞こえてくるのは自分が床板を踏む音だけ。いつしか心のなかもしんと静まりかえって、私はずいぶん長いことこの教会の中にただ、立ちつくしていました。

自分の本質的な静けさから離れないように。自分の外側に何かを求めないように。もしも私が祈るとすれば、そんなことだったでしょう。どこまでも深い沈黙のなかに、奇跡はいくらでも生起してくるようでした。写真もまた、ひっそりとした光をとらえていました。

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