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2008年9月30日 (火)

音楽による浄化、微かな光、『トウキョウソナタ』

冒頭の不穏で濃密な気配。リビングルームの窓から吹き込んでくる激しい風雨に気づいて、窓を閉めに来る母親。でも彼女はふと濡れた床を拭く手を止めて、再び窓を開け放ち、嵐の空を放心したように見上げている……その姿は冒頭に続く物語のみごとな象徴。

上映後に映画館の椅子から立ち上がれなくなったのは久しぶりでした。黒沢清監督の『トウキョウソナタ』。家族という名のもとに同じ家に寝起きしながら、それぞれがひとりで違う世界を生きている4人の逃走と死と小さな再生の物語。

スクリーンに描きだされた家庭はとうの昔にあたたかな心の結びつきを失っていて (あるいは最初からそんなものは存在していなかったのでしょう)、家族4人はめいめいが自分だけの事情に呑みこまれ、自分だけの孤独を深めていきます。

それでも毎日くりかえされていく食卓の風景。4人の結び目となるテーブルがかろうじて維持されてきたのは、何も求めていないようすで黙々と家族の食事を作りつづける母親が存在したからでした。たとえ彼女が作ったドーナツに誰ひとり手をつけなくても。

視線を宙にさまよわせる彼女の顔に浮かんでいるのは、忍耐というよりは絶望に近いように見えます。もはやなすすべもなく、日々のすべてがずるずると滑り落ちていくのを眺めているような、うつろな絶望。

物語はある地点で一挙に緊迫感を増し、4人はそれぞれ<家庭外>へと逃走をはかります。やぶれかぶれの逃走の果てに、父親は真夜中の路上で<死>を迎え、母親は夜の海で<死>を迎え、長男は海外へ高飛びし、次男は東京以外のどこかへ逃走しようとして小さな<死>を迎え。

やがて漆黒の海岸に訪れる微かな夜明け。監督はこの4人をいったいどうやって救うつもりなのだろう、救わずに放置しておくのだろうかと、衝撃に胸がじんじんしびれるのを感じながら見守っていると、海辺に立ちつくす母親役の小泉今日子に正面から強い光が当てられていき、朝日と希望が暗示されます。

一度死を体験し、再び食卓に戻ってくる家族たち。離散と集合。おたがいに何も問わず、自分の身に起きたこともいっさい説明せず、テーブルを囲んでひたすらごはんを食べる彼らの姿に、不思議な力強さ、しぶとさのようなものを感じたのです。外の世界にただ翻弄されるだけの無力な存在に見えながら、それでもぎりぎりの一線をくぐって生きのびた彼ら。

そしてこの食卓を支えていたのは、何があっても、心をこめてというよりは機械仕掛けのように見えても、家族の食事だけは作りつづけた母親だということがあらためてボディーブローのように効いてくるのです。

ラストシーンは音楽の持つあまりの浄化力に魂が震えるほど。相変わらず言葉では何のやりとりもおこなわれないけれど、ピアノに向かった次男が豊かな天分を発揮して弾くドビュッシーの音色は、両親の胸深くにそのまま沁みとおっていきます。父親はおそらくこのとき初めて、次男の魂が発している何かに、ただじっと耳を傾けたに違いありません。

音楽の力はそのようにして人間に光をもたらすのだと、この映画が持つものすごい重量のエネルギーに身を浸しながら、私は啓示のように感じていました。

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99 喫茶と散歩の日々」カテゴリの記事

コメント

これは…。ネタバレですよ。説明しすぎですよ。これから見る人の感興をそぎます。

投稿: | 2008年9月30日 (火) 11時54分

わっ、早いですねえ!
私も来週、観に行く予定にしていますが、俄然楽しみになってきました♪
ありがとうございます!

投稿: KAYO | 2008年9月30日 (火) 12時29分

ええ、おっしゃる通り、一部に“ネタバレ”を厳しく禁じるローカルルールが存在していることはよく承知しているのですけれど、映画について書かれた文章すべてにそのルールを適用することに対して、私は違和感を感じるのです。

というわけで、ごめんなさいね、私が映画について感じたこと、考えたことをどうしても書き留めておきたい場合は、これからも自分のブログに“ネタバレ”も含めて書いてしまうと思います。もしあなたがこの作品をまだご覧になっていなくて、「感興をそがれた」のでしたら本当に申しわけありません。お詫びのハグをお送りします! え、いりませんって?

KAYOさん、どうぞずっしり重い作品であることを覚悟して映画館にいらしてくださいね(笑)

投稿: 川口葉子 | 2008年9月30日 (火) 21時16分

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